社会保障・税一体改革という言葉を最近頻繁に聞くようになりました。

小沢一郎氏を中心とした離党の動きで民主党が分裂の危機にあり、
一方で、民主党執行部と自民党は協調して法案を可決するという動きもあり、
誰が与党で、誰が野党なのかがわからなくなっています。

さらに、社会保障・税一体改革という動きながらも、
明確に聴こえてくるのは、「消費税が上がる」ということだけで、
何がどう一体改革なのかもよくわかりません。

小沢一郎氏は何に反対しているのか?
民主党と自民党は何を要求し合っているのか?

「高齢化が進んで、社会保障費が増加しているから増税は必須」
という理解で本当に正しいのかどうか?

新聞やテレビが報道する「政局」ではない、
改革議論の中身を、今回探って行きたいと思います。

■ もともとの民主党の提案

そもそも民主党のもともとの提案は何だったのでしょうか。
まずはこれを調べてみました。

一番よくまとまっているのは、内閣官房が発行した
パンフレット「明日の安心 社会保障と税の一体改革を考える」
です。

これは自民党や公明党と協議する前の、もともとの民主党の提案です。

民主党は、1年半前の2010年11月に「社会保障・税一体改革」検討をスタートし、
2011年12月にその内容をまとめました。
(具体的な検討の流れは内閣官房のウェブサイトを参照)

この内容がまとめられているのが、上記のパンフレットです。

中身は以下となっています。

(税改革の内容)
● 消費税率の段階的引き上げ(↑)
  2014年4月より8%(消費税6.3% 地方消費税1.7%)
  2015年10月より10%(消費税7.8% 地方消費税2.2%)
● 所得税・個人住民税の最高税率の引き上げ(↑)
● 相続税・贈与税の課税ベース拡大と最高税率の引き上げ(↑)
● 法人税・地方法人課税の課税ベース拡大(↑)
● 子孫への相続税・贈与税の税率引き下げ(↓)
● 法人実効税率の5%引き下げ(↓)

消費税以外にも個人については増税となる部分がたくさんありますが、
消費税がやはり大きな柱のようで、
消費税を10%とすることで、年間13.5兆円の政府歳入増加が期待できるいうことです。

[追記] 衆議院審議の過程で法案修正がなされ、消費税以外の税制変更は法案から削除されました。

(歳入増加分を何に使うのかの中身)

パンフレットでは、増税分の使途を以下と説明しています。

● 社会保障の充実 2.7兆円
● 年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円
● 高齢化で増加する社会保障費支出増 7.0兆円
● 消費増税分で増える政府支出コスト増 0.8兆円

名前だけでは、中身がまだわからないため、より詳細を調べていきました。

1. 「社会保障の充実 2.7兆円」の中身

この社会保障の充実が、今回の争点の大きな肝です。
この2.7兆円分は、新たに社会保障のプログラムを追加していこうというもので、
既存制度の維持のための社会保障支出の増加でありません。

民主党は、前回の総選挙でのマニフェストで、消費税増税をしないことを前提としながら、
新たな政策をたくさん掲げました。
その一部が、今回「社会保障の充実」という形で予算化されるということです。

この中身は同様にパンフレットに載っています。

また、パンフレットに記載されていない詳細は、
パンフレット作成のもととなっている資料、
厚生労働省が作成した「社会保障・税一体改革で目指す将来像」を見るとわかります。

● 子ども・子育て支援 0.7兆円(別途予算1兆円必要)
  - 待機児童の解消(保育施設、放課後児童クラブを増やす)
  - 幼保一体化(幼稚園と保育園を一体化させた施設をつくる)
  - 大都市以外の子育て支援(保育ママへの給付金交付)
  - 地域子育て支援施設の拡充
● 医療・介護制度の拡充 1.6兆円
  - 在宅医療・在宅介護制度の充実(連携拠点の整備や給付金の交付)
  - 早期回復に向けた支援(リハビリ施設の整備や給付金の交付)
  - 低所得者の医療・介護保険料を削減
  - 高額療養費制度の充実(年間費用上限設定)
  - ジェネリック医薬品の普及促進
● 年金制度改革 0.6兆円
  - 低所得者への年金の加算
  - 高所得者への年金給付の減額
  - 被用者年金の一元化(厚生年金に公務員及び私学教職員も加入)
  - 年金の物価スライド特例分の解消(年期給付額の適正化)
  - 短時間労働者への厚生年金・健康保険の適用拡大

2. 「年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円」の中身

この年金国庫負担2分の1。かなりわかりにくい内容です。

覚えている方もいるかもしれませんが、この年金国庫負担を2分の1にする話は、
2004年の年金法の改正で法律で決まれていることです。
この法律では、2009年度予算から年金国庫負担を2分の1にすることが定められていました。
しかし、実態として、財源がないまま、これを辛うじて実現しているのが現状です。

そもそも、年金国庫負担とは、
国民年金(支払うときには「老齢年金」「基礎年金」と呼ばれる)の財源として、
従来、3分の2を国民保険料、3分の1を税で賄っていたものを、
2分の1を国民保険料、2分の1を税と、税の比率を引き上げたという話です。

しかし、政府は増税をしないままこの税負担を増やそうとしたため、
結局、安定的な財源がないのです。


出典:参議院「基礎年金国庫負担割合の維持と財源確保

上の図は、増税をしないまま、どうやって年金国庫負担を引き上げてきたかという図です。

政府の努力は、
年金給付者への課税控除を見直したり、定率減税廃止分の税増収分を年金国庫負担に充てて、
2008年度までに国庫負担を1/3から36.5%まで引き上げてきました。

しかし、まだ国庫負担1/2にまでは遠く及びません。
そこで、法律で定められた2009年度予算、そして2010年度予算編成では、
財政投融資特別会計の余剰金(いわゆる埋蔵金)を充てて、
なんとか国庫負担1/2を実現。

埋蔵金がなくなった2011年度予算では、
震災後の復興債発行の際に、年金国庫負担分も無理矢理押し込んで予算を取り、
奇跡的に急場を凌ぎます。

しかし、2012年度は、復興債のような特殊な手法は使えず、埋蔵金もないため、
本当に財源がありません。

そこで、今回、「社会保障・税一体改革」でその財源を安定的に確保しようとなりました。
それがこの、「年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円」です。

しかし、消費税の増税計画は、2014年度から。
2012年度分及び2013年度分は、依然財源が確保できません。
そこで登場したのが、「年金交付国債」というアイデアです。

これは、通常の国債とは異なり、
本来、政府が現金を渡さなければ行けない相手に、「小切手」のようなものを手渡して、
現金の支給を先送りするための手法です。
今回の年金交付国債では、公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人に対して、
本来ならば、国庫負担(税)分を政府が支給しなければならないところを、
この「小切手」を支払って、将来に支払いを先送りしようというものです。

この手法のメリットは、あらためて対外的に「国債」を発行して現金を調達する必要がないため、
見かけ上の「国債発行額」や「政府予算の国債依存度」を上げなくてよくなるという点です。
国債が増えないことで、資金市場に対しての不安を抑える効果も期待できます。

これが、後々、問題を引き起こす「年金交付国債」の内容です。

3. 「高齢化で増加する社会保障費支出増 7.0兆円」の中身

ここでいう社会保障費支出とは、医療保険および介護保険が主な支出です。
少子高齢化に伴い、保険収入が減り、保険支出が増えるため、新たな財源が必要となっています。
この部分が、一般的に認識されている「高齢化のため増税が必要」の本丸です。

これまでは、社会保障費の支出増加分は国債発行で賄ってきましたが、
今後は、プライマリーバランスを改善するため、国債発行額を抑えるため、
増税が必要という話です。

今回は、この社会保障費支出増加分に、消費税増税5%のうち、2%分が充てられています。

4. 「消費増税分で増える政府支出コスト増 0.8兆円」の中身

最後のこの部分は、消費税増税を上げることによる「コスト増」の部分です。
内容は、消費税増税によって、小売店での物価が上がるため、
物価上昇分と連動させて、年金および社会保障費(生活保護等)を増額するということです。

そのため、消費税増税による税収13.5兆円のうち、
真の税収増は、12.7兆円だけだということになります。

長く見てきましたが、これがもともとの民主党の提案です。

■ 民主・自民・公明3党での合意内容

そして、ご存知のように、自民党、公明党が巻き返しを図ります。

そもそもなぜ与党の民主党が、ここまで野党を考慮しなければいけないかというと、
参議院で与党は過半数を取れていないからです。

現在、参議院では、総議席242(半数121)に対して、
与党系の民主党110、国民新党 3、新党大地・真民主2で。合計115しかありません。
さらに、民主党内で小沢一郎氏を中心に反対派がいるため、
参議院でも民主党議員から反対票が投じられる可能性があります。
これでは、上記の法案を通すことができません。

自民党と公明党は、以下の点を強く主張しました。
● 低所得者への年金の加算
● 民主党がマニフェストで定めていた後期高齢者医療制度廃止の撤回

民主党は、マニフェストで掲げた内容を取り下げることに抵抗感を示し、
議論は平行線を辿ります。

その後、民主・自民・公明の3党協議の結果、まとまったのが2012年6月15日の合意案です。
民主党のホームページに合意内容文書があります。

そして、その合意により、以下の妥協がなされました。(要約はロイター通信記事参照)

● 消費税等の増税については基本的に民主党の原案通り
● 民主党提案の「子ども・子育て支援」に必要な追加1兆円予算については政府が努力して確保する
● 民主党提案の「幼保一体化」では、幼保一体の「総合こども園」新設は取りやめ
  → 既存の「認定こども園」の拡充で対処
● 幼保一体化についてのそれ以外の内容は、3党で今後継続検討してから決める
● 年金改革や社会保障費改革の中身については、今後、国会議員と有識者で「国民会議」を設置し、
  議論を継続してから決める
● 年金交付国債は撤回する

すなわち、この合意の結果を受けての状況を、大胆に要約してしまうと、

● 消費税等の増税は決まった
● 増税までの間の年金国庫負担1/2確保のための手段がなくなった
  →つまりその分は新規国債発行せざるをえなくなる
● 新規施策2.7兆円の中身については、「国民会議」で継続検討となった

というものです。

そして、来週に、衆議院で以下の関連法案が民主(一部反対)・自民・公明の賛成で
可決される見込みとなっています。

「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の
 一部を改正する等の法律案」(3/30 内閣提出)
「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び
 地方交付税法の一部を改正する法律案」(3/30 内閣提出)
「公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を
 改正する法律案」(3/30 内閣提出)
「子ども・子育て支援法案」(3/30 内閣提出)
「子ども・子育て支援法及び総合こども園法の施行に伴う関係法律の整備等に関する
 法律案」(3/30 内閣提出。総合子ども園に関する部分は削除予定)
「被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金保険法等の一部を改正する
 法律案」(3/30 内閣提出)
「社会保障制度改革推進法案」(6/20 3党合同提出)
「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を
 改正する法律案」(6/20 3党合同提出)

[追記]6/26 上記全8法案は衆議院本会議で可決され、衆議院を通過。
   8/10 上記然8法案は参議院本会議で可決され、法案成立。

ここまで来て、ようやく、小沢一郎氏の主張の背景がわかります。

小沢氏は反対の理由として以下の内容を表明しています。(出所:日経新聞)

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
社会保障改革の我々のビジョンはどこかに置き忘れられている。
日本はデフレと不景気に苦しんでいる。不景気で大増税という話は聞いたことがない。

大増税だけが先行するやり方は国民への背信行為であり、裏切り行為であり、
我々の主張が正義、大義だと確信している。
増税先行の消費増税関連法案には反対すると輿石東幹事長にも言った。

今日集まっている皆さんにもいろいろな考えや判断があると思う。
自分は何のために政治家になっているのかに思いをいたして自身で決断をしてもらいたい。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

つまり、何も使途が決まらない中、消費増税だけを与野党が連携して決めているのは、
一体「正義なのか?」という主張です。

この議論に対する、私たちの判断軸としては、
● 政府支出の削減は限界とみて、国債発行抑制のために社会保障費7.0兆円
  と年金国庫負担増加2.9兆円の合わせて9.9兆円(消費税3.67%分)の増税は
  やむを得ないのかどうか
● 新規施策2.7兆円(消費税1.0%分)の支出増に賛成かどうか
ということになると思います。

もちろん、今回のおのおのの思惑の背景には、次回の総選挙でいかに勝つかということが
あると思います。

しかし、このブログでは、「中身」にフォーカスして、争点をクリアにしてみました。

与野党を巻き込む国家財政に関わる大きな議論。
しっかり内容を理解しておきたいなと想い調べた内容を、今回掲載させて頂きました。

行政改革。行財政改革。構造改革。公共サービス改革。行政刷新。
過去約15年、名前を変えながらもこのテーマの必要性が叫ばれてきました。

自民党政権、民主党政権ともに、このテーマを政府の重要取組課題として位置付けましたが、
なかなかその成果は伝わってきません。

今回は、現在、政府で行われている行政改革の体制や中身を紹介するとともに、
「新しい公共」への新たな一歩を提言したいと思います。

以前このブログで、イギリス政府の事例を紹介しました。
イギリス政府が進める公共サービスの“社会企業”への委託
イギリス政府は、今後の行政や「国」のあり方として、
市民社会、より詳細にはいわゆる「ソーシャルビジネス」と協働して、
公共サービスを市民に提供していく方向への転換を発表しています。

すなわち、従来、公共サービスは、
「国や地方政府が提供する」
「国や地方政府が定めたものを、外部機関にアウトソースする」
と定義されてきたのに対し、
このイギリス政府の発表では、
「国とソーシャルビジネスが台頭に公共サービスの担い手となる」
「国はソーシャルビジネスが活躍できる環境を整える役割を担う」
と斬新な定義をしているのです。

さて、日本政府においては、どのような検討がされているのでしょうか。

具体的な政府の活動を紹介する前に、
まず、あらためて、「行政改革」という言葉を定義したいと思います。

2006年に自民党政権下で制定された「行政改革推進法」では、
行政改革は「簡素で効率的な政府を実現するための改革」と位置付けられました。
また、2009年に民主党政権下で閣議決定した「行政刷新会議の設置」においては、
行政刷新を「国民的な観点から、国の予算、制度その他国の行政全般の在り方を刷新するとと
もに、国、地方公共団体及び民間の役割の在り方の見直しを行う」ことと定義されています。

正直、どちらの定義も非常にぼんやりとしています。
そこで、ここでは、行政改革の定義を、
「国や地方政府が行うべき事業やサービスを再定義し、さらに公共サービスを提供するための
手法として、国、地方政府、民間の役割を再設計する改革」としたいと思います。

現在、日本政府は、行政改革に関する検討を複数の別々の場で実施しています。

・内閣府行政刷新会議 (事業仕訳・規制緩和改革)
・内閣府「新しい公共」推進会議(ソーシャルビジネス・NPOの環境整備)
・内閣府地域主権戦略会議(国から地方への権限移譲)
・内閣官房国家戦略室(国がやるべきことの整理)

※自民党政権で発足した内閣行政改革推進本部は一定の役割を終えて2011年6月に廃止
 され、現在は後継組織「内閣官房行政改革推進室」にて、独立行政法人の見直し業務や役員
 公募事務のみ実施しています。

それぞれの検討ボードには、担当の大臣がいます。
・行政刷新会議:     蓮舫 内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)
・「新しい公共」推進会議:蓮舫 内閣府特命担当大臣(「新しい公共」担当)
・地域主権戦略会議:   川端達夫 内閣府特命担当大臣(地域主権推進担当)
・国家戦略室:      古川元久 国家戦略担当大臣

また、いずれの検討ボードにも事務局員として官僚が配置されています。
基本的な活動は、方針を定めるために、外部委員を含めた検討会議を定期的に開催し、
政府方針や骨格となる法律の制定を一定のゴールとしています。
そのための各府省との折衝、定めた事項のモニタリングも実施しています。

続いて、それぞれの会議体の中身を見ていきたいと思います。

〇 行政刷新会議

行政刷新会議の主な仕事のひとつは、政府歳出の削減です。
「事業仕分け」という名前で、テレビでも大きく報道されました。

行政刷新会議の議員
 議長: 野田 佳彦(内閣総理大臣)
 副議長: 蓮舫 (内閣府特命担当大臣/行政刷新)
 議員: 藤村 修(内閣官房長官)
    古川 元久(国家戦略担当大臣) 
    安住 淳(財務大臣)
    川端 達夫(総務大臣)
    葛西 敬之(東海旅客鉄道株式会社代表取締役会長)
    加藤 秀樹(行政刷新会議事務局長)
    片山 善博(慶應義塾大学法学部教授)
    草野 忠義(公益財団法人連合総合生活開発研究所理事長)
    松井 孝典(千葉工業大学惑星探査研究センター所長)
    茂木 友三郎(キッコーマン株式会社取締役名誉会長 取締役会議長)
    吉川 廣和(DOWAホールディングス株式会社相談役)

民主党政権下で始まった行政刷新会議(事業仕分け)は、
2009年秋の第1弾、2010年春の第2弾、2010年秋の第3弾の3回行われ、
この過程で、政府の一般会計および特別会計の無駄が洗い出されました。
成果は、合計で約1兆円の事業削減(歳出削減)の方向性が出されたことです。

しかしながら、日本全体の政府負債が1000兆円を超えている現在、
1兆円の事業削減では埒があきません。
また、事業削減の方向性が出された政府事業の中には、
所管官庁が事業削減に抵抗しているものも多数あります。(内容はコチラ

また、行政刷新会議の組織下には、「規制・制度改革に関する分科会」があり、
ここでは、政府の「権限」をスリム化し、自由市場によるイノベーションを期待する検討が
なされています。

規制・制度改革に関する分科会の構成員(2010年10月時点)
 分科会長:平野達男(内閣府副大臣/規制改革担当)
 分科会長代理:園田康博(内閣府大臣政務官/規制改革担当)
 分科会長代理:岡素之(住友商事株式会社代表取締役会長)
 メンバー  :安念潤司(中央大学法科大学院教授)
         大上二三雄(エム・アイ・コンサルティンググループ株式会社代表取締役)
         大室康一(三井不動産株式会社代表取締役副社長)
         翁百合(株式会社日本総合研究所理事)
         黒岩祐治(ジャーナリスト・国際医療福祉大学大学院教授)
         中条潮(慶應義塾大学商学部教授)
         土屋了介(財団法人癌研究会顧問)
         新浪剛史(株式会社ローソン代表取締役社長CEO)
         星野佳路(株式会社星野リゾート代表取締役社長)
         若田部昌澄(早稲田大学政治経済学術院教授)
         渡邊佳英(日本商工会議所特別顧問、東京商工会議所副会頭、
              大崎電気工業株式会社会長)

規制緩和の重点は、「グリーンイノベーション」「ライフイノベーション」
「農林・地域活性化」「アジア経済戦略、金融」という4テーマに置かれています。

東日本大震災の前の2011年1月26日に行われた最後の会議では、
現在検討されている規制緩和ポイントのレビューが行われました。

レビューには、それぞれの規制緩和に関する所管省庁の反論が記されています。
そして、所管省庁は、「国の管理下から離れると、行政庁の監督が行き届かなくなる。
公益性が損なわれる」という理由で、基本的に規制緩和に反対する姿勢を示しています。

所管省庁が規制緩和に反対する姿はある意味当然だといえます。
規制をするそれなりの理由がなければ、そもそも規制をされていないからです。
市場の公平性を担保するのが政府の役割だとすれば、
規制することは政府の当然の仕事だといえます。

この状況下で、規制緩和を議論するためには、
「国や地方政府として最低限担保しなければならないことは何か?」
「何を得るために、何を犠牲にするのか?」
という規制の有無を判断するための大きな判断軸が必要となります。

このように行政刷新会議は行政改革のための十分な成果を挙げられずにいます。
その原因の一つは、
「大きな判断軸をもって個別案件の必要性を判断する」という方法をとるための、
「大きな判断軸」を持っていないという点です。
この大きな判断軸の不在という課題は、国家戦略室の議論と絡んできますので、
そちらのコーナーで解説していきます。

そして、行政刷新介護が空回りしているもう一つの原因は、
「公益性のある事業は政府が担当する」という姿勢を所管省庁が貫いている点です。
公益性のある事業を政府だけでなく、
ソーシャルビジネス・NPOとともに提供していくというイギリス政府のような考え方は、
「新しい公共」推進会議にて検討されていますので、
この2つ目の原因については、「新しい公共」推進会議のコーナーにて、
より深くみていきたいと思います。
 

〇 「新しい公共」推進会議

この会議体の趣旨は、
「官だけでなく、市民、NPO、企業などが積極的に公共的な財・サービスの提供主体となり、
身近な分野において、共助の精神で活動する「新しい公共」の推進について、「新しい公共」
を支える多様な担い手が検討を行う場」
となっています。

「新しい公共」推進会議構成員
 委員: 秋山をね(株式会社インテグレックス代表取締役社長)
     浅岡美恵(気候ネットワーク代表・弁護士)
     小澤浩子(東京都赤羽消防団副団長)
     加藤好一(生活クラブ事業連合生活協同組合連合会会長)
     金子郁容(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
     兼間道子(特定非営利活動法人日本ケアシステム協会会長・
          新しい公共をつくる市民キャビネット共同代表)
     北城恪太郎(日本アイ・ビー・エム株式会社最高顧問)
     黒田かをり(CSOネットワーク 共同事業責任者)
     佐野章二(ビッグイシュー日本代表)
     白井智子(特定非営利活動法人トイボックス代表理事)
     高橋公(特定非営利活動法人ふるさと回帰支援センター専務理事・事務局長)
     坪郷實(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
     寺脇研(京都造形芸術大学芸術学部教授)
     中竹竜二(財団法人ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)
     新浪剛史(株式会社ローソン代表取締役社長CEO)
     西田厚聰(株式会社東芝取締役会長)
     早瀬昇(社会福祉法人大阪ボランティア協会常務理事・
         特定非営利活動法人日本NPOセンター副代表理事)
     藤岡喜美子(特定非営利活動法人市民フォーラム21・NPOセンター事務局長・
           一般社団法人日本サードセクター経営者協会執行理事兼事務局長)
     向田映子(女性・市民コミュニティバンク理事長)
     山口誠史(特定非営利活動法人国際協力NGOセンター事務局長・理事)

2011年7月22日に開催された最後の会合では、
新たな公共サービスの担い手となるNPOの財務基盤改善のための取組や
NPOのキャパシティビルティングのための政府事業がレビューされました。

財務基盤改善のための柱としてニュース等で報道されたのが、
「特定非営利活動促進法(通称NPO法)の改正」です。
改正のポイントは、寄付に対して税制優遇を受けられる「認定NPO法人」の認定要件緩和です。
従来、「寄附金が総収入に占める割合が1/5以上」とされたいた要件の他に、
「各事業年度に3,000円以上の寄附を平均100人以上から受けること」又は
「事務所所在地の自治体の条例による個別指定を受けること」でも、
認定が受けられるようになりました。

また、同日の会合では、
政府と市民セクターとの関係のあり方等に関する報告」が発表され、
「新たな公共」についての重要な骨子となる政府とNPOの関係のあり方についての検討報告も
なされました。

しかしながら、この「新たな公共」推進会議も大きな課題をかかえています。
それは、「新たな公共」の推進の意味合いが、「NPO活動の普及促進」にとどまり、
「国の役割を縮小し、公共サービスの担い手を民間に移す」という行政改革の側面が、
ほとんど検討から抜け落ちているという点です。

例えば、目玉施策であった認定NPO法人の要件緩和。
認定されたNPOは、政府にかわり公共サービスを担っていくことが期待されていそうですが、
政府はこの要件緩和による財源の移行(NPOの税額控除)の規模を
たったの3000万円と見積もっています。(出所はコチラ
これでは行政改革としては大きな成果とはなりません。

また、キャパシティビルディングの分野においても、
特定事業への補助金支給がメインとなっており、
結果的に、行政のスリム化ではなく政府歳出の拡大を招いています。
例えば、この会議体のもうひとつの目玉施策であり、予算87.5億円がついた
「新しい公共支援事業」では、モデル事業の推進という名のもとに、
予算が各都道府県にばらまかれています。
確かにこの予算は、将来の行政スリム化のための先行投資だともいえます。
しかしながら、この投資が生む将来効果については明らかにされていません。

行政改革として、「新しい公共」をとらえていくためには、
「新たな公共」がどのような未来を想像しているのかを具体的にイメージすることが重要です。

政府の歳出規模はいくらぐらいか。国と地方と民間の役割分担は何か。
どのように市民は声を民間の公共サービス担い手に反映していくのか。
サービスの公平性・平等性はどのように担保していけるのか。
「新たな公共」時代のナショナル・ミニマムは何か。

これらの将来ゴールに対するイメージが不明確な状況では、
有効な先行投資のあり方は意思決定できませんし、
官庁側もNPOや他のプレーヤーを信頼して規制緩和や事業廃止を意思決定できません。
 

〇 地域主権戦略会議

2010年6月に閣議決定された「地域主権戦略大綱」。
その中で、地域主権改革の意義は、
「国と地方公共団体の関係を、国が地方に優越する上下の関係から、対等の立場で対話のでき
る新たなパートナーシップの関係へと根本的に転換し、国民が、地域の住民として、自らの暮
らす地域の在り方について自ら考え、主体的に行動し、その行動と選択に責任を負うという住
民主体の発想に基づいて、改革を推進していかなければならない。」
と謳われています。

この会議体では、国から地方への権限移譲、財源移譲、国と地方の協議の場の制度化、
国の出先機関の原則廃止などが具体的に検討され、検討スケジュールも組まれています。
 
地域主権戦略会議の構成員(2011年7月7日時点)
 議長:菅直人(内閣総理大臣)
 副議長:片山善博(内閣府特命担当大臣/地域主権推進)
 構成員:野田佳彦(財務大臣)
     枝野幸男(内閣官房長官)
     玄葉光一郎(国家戦略担当大臣)
     上田清司(埼玉県知事)
     北川正恭(早稲田大学大学院公共経営研究科教授)
     北橋健治(北九州市長)
     小早川光郎(成蹊大学法科大学院教授)
     神野直彦(東京大学名誉教授)
     橋下徹(大阪府知事)
     前田正子(甲南大学マネジメント創造学部教授)
     盛泰子(伊万里市議会議員)
     渡邊廣吉(聖籠町長)

しかしながら、やはりこの地域主権戦略会議にも大きな課題があります。
それは、議論の内容が、国から地方への権限移譲にのみ焦点があてられており、
行政改革にとって不可欠な「行政のスリム化」の方向性が不明確である点です。

例えば、地域主権戦略大綱の中では、財源について、
「(財源の取扱い)事務・権限の地方自治体への移譲及び国から地方自治体への人員の移管等
に際しては、改革の理念に沿って、それに伴う財源を確保することとし必要な措置を講ずる。」
とだけ述べており、具体的な方策は示されていません。

一方で、昨今の景気後退や東日本大震災の影響を受け、
地方財政の国庫依存度は高まるばかりです。
本格的な地方主権改革のためには、
国と地方との歳出総額削減の検討、国の役割の特定という
大きなプロセスが必要です。
 

〇 国家戦略室

民主党政権の肝入りとして登場した「国家戦略室」は。
国家の長期的な役割を定めるために設置されました。
すなわち、行政刷新会議、「新たな公共」推進会議、地方主権戦略会議のいずれにおいても
課題となっている「国家の長期的な役割・ビジョン」を定める役割をになっています。

当初は、内閣官房に「国家戦略局」を設置するまでの時限的な「国家戦略室」だったのですが、
局化のための法案審議がとりやめになり、引き続き「国家戦略室」として存続しています。
そのため、国家の長期的なビジョンづくりは、国家戦略局が誕生するまでお預けになっている
と思っている方もいるかもしれませんが、
実は、国家の長期的役割や重要政策は、なんと2010年6月にすでに設定されています。
新成長戦略 〜「元気な日本」復活のシナリオ〜

この新成長戦略は、21の国家戦略プロジェクトが指定し、
それぞれのプロジェクトについて2020年時点の到達ゴールが設定されています。
到達ゴールは、数値目標を持って設定されており、比較的わかりやすい内容です。

また、2010年9月には「新成長戦略実現会議」が設置され、
新成長戦略実現に向けての短期目標設定や進捗確認がなされています。

新成長戦略実現会議の委員(2011年8月3日時点)
 議長:菅直人(内閣総理大臣)
 副議長:枝野幸男(内閣官房長官)
     玄葉光一郎(国家戦略担当大臣兼内閣府特命担当大臣)
     海江田万里(経済産業大臣)
 委員:野田佳彦(財務大臣)
    内閣総理大臣が指名する大臣
    白川方明(日本銀行総裁)
    伊藤元重(東京大学大学院経済学研究科教授)
    岡村正(日本商工会議所会頭)
    河野栄子(DIC株式会社社外取締役)
    古賀伸明(日本労働組合総連合会会長)
    小宮山宏(三菱総合研究所理事長)
    桜井正光(経済同友会代表幹事)
    清家篤(慶応義塾塾長)
    宮本太郎(北海道大学大学院法学研究科教授)
    米倉弘昌(日本経済団体連合会会長)

しかしながら、「行政改革」の要となるはずの政府の役割を定めた新成長戦略は、
大きな欠陥をもっています。

それは、長期的なゴールが定められている一方で、
その実現ために必要な予算が明らかでない点です。

企業に例えるならば、10か年戦略の中に到達すべき事業イメージがあれども、
そのためのコスト・投資計画、および利益計画がないということになります。
それでは、せっかく定めた戦略を推進する間に倒産してしまうかもしれませんし、
様々な事業課題の中で、投資対効果を鑑みた優先順位づけもできません。

この「予算に関する記述がない」長期目標では、
将来の必要歳入・歳出規模に関する見通しが立たないため、
税改革議論も、歳出削減の検討も、規制改革の検討もできません。
さらに、どのぐらい公共サービスを効率化する必要があるかも不明瞭なため、
国と地方と民間の役割分担の設計もできません。

結果として、この「新成長戦略」は、
行政改革を推進するための重要な機能を果たしていないことになります。

逆説的に、もし「新成長戦略」が明確な財政計画をもっている場合を、
考えてみましょう。

明確な財政計画をもった「新成長戦略」があれば、
国家(政府)が果たすべき役割とそれが実現された場合の財政インパクトがわかり、
同時に、非重要政策項目および削るべき予算額が明らかになります。

その結果、行政刷新会議において、非重要政策項目と削るべき予算額を判断軸とし、
大胆な事業仕分けと規制緩和を実施することができます。
同時に、地方主権戦略会議においても、地方分権の中で実現すべきコスト削減、
行政サービスの効率化目標を明確に定めることができます。
さらに、政府が事業撤退したサービスを民間が担っていくために必要な措置や基盤整備内容が
同時に明らかになるため、「新しい公共」推進会議での検討課題も明確となり、
市民社会も「今後何を自分たちで担う必要があるのか」を認識し、
NPOやソーシャルビジネスの活動も活発化していきます。

イギリス政府は、歳出削減の必要性を前に、「新しい公共」の概念をいち早く確立しました。
一方で、日本政府は、歳出削減の必要性に苛まれながらも、
従来公共サービスを担ってきた所管官庁が「新しい公共」の概念を信頼しきれず、
新たな公共サービスの担い手に役割を受け渡していくことに躊躇しています。
所管官庁の立場からすると、自らの権益や人事的利益を冒した上に、
維持してきた公共サービスを質の面でもリスクに追いやることはしたくないはずです。

しかしながら、日本政府の歳出削減の必要性は待ったないところまできています。
所管官庁に対して「事業縮小」を説得力をもって交渉していくためには、
政府の長期的ゴール(財政計画含む)を政治的リーダーシップをもって設定したうえで、
「何が議論の余地なく必要なのか」を所管官庁に示すプロセスが欠かせません。

こうした将来の到達ゴールイメージを明確にするバックキャスティングの取組が、
日本の行政改革、「新たな公共」の推進のために有効に機能するのではないでしょうか。

イギリス政府の内閣府が、
Open Public Service White Paper“と題するレポートを発表しました。
日本語に直訳すると「開かれた公共サービス白書」となります。

この白書の中で書かれているイギリス政府の狙いは、
これまで中央・地方政府が実施してきた「公共サービス」を、
民間企業が実施していくことができるよう、
政府のあり方や役割を転換をしていくという、
従来の「公共」の考え方を大きく改革していくことにあります。

なぜイギリス政府は、
公共サービスの実施主体を展開してく必要性を感じているのでしょうか。
白書の中で、政府はこう説明しています。

We are opening public services because we believe that giving people more control over the public services they receive, and opening up the delivery of those services to new providers, will lead to better public services for all.

1つ目の理由は、「公共サービスの質の向上」にあります。
公共サービスの提供者が多様になることで、より市民の求める公共サービスが
提供されていくようになるというものです。
競争原理に近い考え方です。

さらに、白書の中で、2つ目の理由についてこう説明しています。

in this economic climate, when times are tight and budgets are being cut to stabilise the economy and reduce our debts, opening public services is more important than ever – if we want to deliver better services for less money, improve public service productivity and stimulate innovation to drive the wider growth of the UK economy.

つまり、2つ目の理由は、「公共サービス提供コストの削減」です。
経済が停滞し、政府予算が厳しくなる中で、競争原理を活用することで、
生産性の向上、新たなサービスの開発などを進めていこうということです。

この動きは、社会の大きな転換を意味していると思います。

従来、公共サービスは政府によって企画・提供されてきました。
そして、人々は、生活や社会に必要だと思うサービスや取り組みを
政府や議会に働きかけて、公共サービスとして制度化してきました。

しかし今回の動きをシンプルに表現すると、
「何か要望がある場合は、政府に働きかけるのではなく、
自分で起業をして公共サービスを提供していってください。」
というものです。

このような新たな社会システムの中で、政府の役割は何か。
白書ではこう説明します。

we will give more freedom and professional discretion to those who deliver them, and provide better value for taxpayers’ money.

「政府は、公共サービス提供者により大きな自由と裁量権を与え、
より価値のあるものに公的資金を投じる」

すなわち、政府の役割を、
市民にとってどのようなサービスが必要かを考え提供することではなく、
市民が自由に公共サービスを考え提供できるように環境を整備すること
と定義しているのです。

さらにこの白書では、この「開かれた公共サービス」を支える仕組みとして、
新たな2つの提案をしています。

■ 委託制度

政府は、公共サービスを「広く社会に開く」としながらも、
市場の公平性やセーフティの観点から、
委託制度を導入するのが良い方策ではないかと提案しています。

■ 互助組織制度

政府は、公務員の社会的起業を促進するため、
従業員が経営と運営を同時に実行する「互助組織制度」を
提案しています。

 

この「委託制度」と「互助組織制度」については、
既存の社会起業家から賛否両論が出ているようです。
(出典はコチラ

委託制度については、政府の管理が厳しくなることに関する懸念。
互助組織制度については、新たなプレーヤーが増え、
市場競争が激しくなることに対する懸念。
特に、互助組織制度については、大手民間企業が、この互助組織制度を
活用して公共サービス市場に参入し、
体力のない既存の社会企業が廃業を余儀なくされることを懸念しているようです。

上記で説明してきた「公共サービスの政府離れ」の背景について、
僕は政府の財政難が大きな影響を及ぼしているのではないかと考えています。
ほぼすべての先進国は、現在深刻な財政難に陥っています。
歳出削減と公共サービスの維持・向上を同時に実現するためには、
公共サービスの運営効率を上げるしかありません。

政府の運営が「非効率」だと言われる中で、
公共サービス主体が政府でなくなっていく流れは、
今後他の国でも大きくなっていくのではと考えています。