David Vogel. “The Market for Virtue: The Potential And Limits of Corporate Social Responsibility.” Brookings Institution Press (August 1, 2006)

日本語訳はコチラ↓

2006年とやや古い本ですが、
Amazon.comで”Corporate Social Responsibility”で検索すると、
今でも上位に登場する、CSR業界(?)で話題を呼んだ本です。

著者は、カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkley)のDavid Vogel教授。
Vogel教授は、この大学の政治学部とビジネススクールの双方で教鞭に立ち、
ビジネス倫理を専門としています。

CSRやSustainabilityに関する本が最近は数多く出版される中、
この本の特異な点は、「冷静にCSRの限界を指摘する」という点です。
彼は、CSRそのものに批判的なわけではありません。もちろん高く評価しています。
その上で、緻密なデータやリサーチをもとに、なぜCSRは社会を変えられないのか?
という点を、丁寧に説明されています。

この本で紹介されているテーマは、俗にESG+HRと呼ばれる、
環境、社会、ガバナンス、人権の全域に及びます。
原油、木材、児童労働、フェアトレード、コーヒー、カカオなどなど、
CSRやサステイナビリティで分野で登場するものはほぼ網羅。
それらについての法制度やNGO協定、そしてそれがもたらした効果などを
まさに「研究者」らしく緻密に検証していきます。

そして、CSR活動が、現状の課題を大きな効果を持つことはできておらず、
あくまでも「ないよりはまし」というレベルにとどまっているという結論を導き出します。

大手企業の努力にかかわらず、森林伐採は全体としては悪化しているし、
児童労働問題も頻繁に発生し続けているし、
フェアトレードで取引されている割合は全体の取引額のわずか数%。

大手企業では、特に熱狂的なCEOに導かれ、CSR活動が進んできたが、
他の大多数の企業では、コスト高になるCSR活動に真剣に取り組むことは「許されず」、
企業の自律的な規制では限界があるという主張です。

そして、最後の章で紹介されているVogel教授の提案は、「法規制による強制」です。
企業のCSR活動は、インパクトの面で限界がある。
それを大きなうねりにするためには、自律的な規制だけでなく、法規制すべきである。
そのために、企業は自らの活動を規制するだけでなく、
政府と協働して法整備に力をいれるべきだ、としています。

Vogel教授の膨大なリサーチには、感服させられます。
この本を読むだけで、ESG+HRの大まかな制度や状況を効率的に知ることができます。
そして、感情的ではない冷静な分析を前に、
CSR活動には大きな限界があるということを納得させられます。

一方で、若干の論理の飛躍を感じるのは、
なぜ「法整備」をすれば、ものごとがきれいに解決するのか、という最後の提案については、
丁寧に説明されていないことです。
そして、Vogel教授自身も自ら説明しているように、
「CSRはコストを上昇させるため、顧客・従業員・株主の誰もがその推進を望んでいない」
とするのであれば、誰がこの法整備を推進しようとするのかについても、
説明されていません。

このような論理の飛躍があったとしても、
この著書からは、既存のCSRのアプローチの限界を感じさせられます。
それは、大手企業の「良さげな」活動のみに焦点を当てて、もてはやしたとしても、
真のサステイナブルな社会は実現できないということです。

環境NGOや社会NGOは、大手企業の事業運営方針を転換させることに
力を注いでいますが、個別企業ではなくマクロ的な視点には目を瞑らせがちです。

「全体として何を実現したいのか?」
「そのためには、大手企業の努力でどこまで実現できるのか?」
「大手企業の努力以外に、何を同時に実現していく必要があるのか?」

これらが明確でないことには、広く人々の支持を得ることはできません。
例えるならばそれは、マニフェストのない選挙のようなもので、
個別の候補者の抽象的な訴えを聞いていても、
人々の心が動かされないのと同じことです。

結局は、法整備にしろ、企業の自助的努力にしろ、
社会の構成員(=従業員や顧客や株主)の支持を得ないことには、
社会に対して大きなインパクトをもたらすことはできません。

すなわち、僕の結論としては、Vogel教授のいう「法整備」は真の解決策にはならず、
重要なのは社会の構成員の理解をどうのように得ていくかであり、
それが得られるのであれば、法整備であろうと、企業の自助的努力であろうと、
目的は叶うということです。

そして、この本が上梓されてから5年経った今、
これまでこのブログでも紹介してきましたが、
サステイナビリティやCSR施策は、企業利益に反するものではなく、
企業利益に益するものとして、とらえる企業が増えてきています。

Vogel教授の追跡調査が待たれるとともに、
この業界の急速な変化の息吹も感じます。

CSRを応援する人にも、懐疑的な人にも、
この本は大いに一読に値すると思います。

※僕の別ブログである「アメリカ・サンダーバードMBA留学ブログ」から転載しました。

CSRについて関心が高まっている中、
政府レベルの法整備支援も進んできているようです。

今日はカナダのオンタリオ州のケースを紹介します。
オンタリオ州は、州内にカナダ最大(北米3位、世界6位)のトロント証券取引所を
有し、同証券取引所に対する法的な管轄権を持っています。
Moving Forward with Corporate Environmental, Social and Governance Disclosure

2008年、オンタリオ州政府の外郭団体である、オンタリオ証券員会は、
CSRが企業のリスク管理や持続可能性にとって非常に重要であるという、
世論や投資家からの声を受けて、
企業に対して、環境、社会的影響、ガバナンス体制(ESG)の3点について、
報告を義務付ける規定を制定しました。
ESGは、企業の短期的・長期的利益に大きな影響を与えるということが、
その理由です。

※この3点の内容は、英語でEnvironmental, Social and Corporate
Governance、その頭文字をってESGと呼ばれています。
企業の持続可能性および投資倫理を測る中心的概念として扱われています。

しかし、その後の履行状況は芳しくありません。
オンタリオ証券委員会が調査したところ、
企業は、各社横並びで月並みの文言を、報告文書に挿入するだけで、
真剣に自社のESG状況について分析しようとしていないことが
わかりました。

そこで、オンタリオ州議会は、州政府に対して、法案の履行状況を
省察することを要求する法案を全会一致で可決。
それを受けて、オンタリオ証券委員会は、2点の提案内容を、
州政府とカナダ連邦政府財務大臣に対して、提出します。

1点目は、企業の現在の開示状況に関する調査をさらに継続すること。
2点目は、企業に対して開示方法のガイダンスを行い、教育を施すこと。
オンタリオ証券委員会の方針は、新たな規定を設けるのではなく、
現行法の履行状況を教育によって改善してていこうというものです。

今回の記事を作成したヨーク大学のディール准教授は、
さらに3点の改善点を挙げています。
1. 非開示の企業に対して、非開示理由の報告を義務付けること
2. 企業に対して目標達成のステップと具体的なゴールの報告を義務付けること
3. 報告書に対してのすべての質疑応答文書の公開を義務付けること

ESGの報告体制を確立していこうという取り組みは、
CSR推進という観点からみると、意義深いものであると思います。
が、同時に疑問も浮かんできました。
企業が自律的に取り組もうとしない理由はなんでしょうか。
本当に企業が、CSRやESGが企業の短期的・長期的利益についてにつながると
考えているのであれば、なぜ企業は自発的に取り組もうとしないのでしょうか。

以下の理由が考えられます。

(1) CSRやESGが利益につながるか検討していない
(2) CSRやESGが利益につながるかどうか検討し、つながらないと判断した
(3) CSRやESGが利益につながると判断しているが、計画する能力がない
(4) CSRやESGを推進する計画を立てたが、組織遂行する能力がない

ディール准教授のアプローチは、法律による強制力をもって、
企業の履行を高めようというものです。
しかし、このアプローチでは、企業の自発的推進力は期待できません。
立法の背景に、「CSRやESGは企業利益を高める」という考えがあった
ことに立ち戻ると、企業の自発的推進力を高める方法について、
もっと検討してもいいように思います。

一方、オンタリオ証券取引所のアプローチは、(3)の原因に対して有効性を発揮します。
「計画能力が足りない」という企業のニーズに、「教育」という解決策が対応している
ためです。

しかし、原因が(1)(2)(4)である場合は、別のアプローチが必要です。
例えば、(1)について、企業がまだこの問題を検討に値しないと考えている
のであれば、なぜ値するのかを具体的に説明していく方法が有効です。

CSRやESGは企業の利益や継続性にとって重要であると考えるからこそ、
不履行の是正に対して、「取り組む気がない」と決めつけてしまうのではなく
不履行原因を正確に突き止め、適切な対処法を取り、
議会・政府と企業が協働して、推進していく必要があるというのが、
僕の結論です。