「衣食住」の中でも、人が当たり前のように享受している住宅。
しかし、世界には、この当たり前の住宅が享受できない人が数多くいます。
国連の発表によると、
標準住宅以下での生活者が16億人、ホームレス生活者の数も1億人に達します
先進国といわれるアメリカの中でさえ、
9500万人が十分な住居環境がないまま生活しています。

このような住宅問題の多くは、いわゆる「貧困」です。
住宅を購入したり、賃貸するのに十分な資金がないことで大きな原因です。
しかし、この問題を別の切り口から考えた人々がいました。
この問題の原因を、「住宅価格が高すぎる」ということに置いたのです。

2010年8月のハーバード・ビジネス・レビューに、
The $300 House: A Hands-On Lab for Reverse Innovation?
という記事が掲載されました。
生活困窮者にも良好な住宅環境を供給するために、
なんと$300(約3万円)で住宅を建築できるようにしようと呼びかけたのです。

このラフスケッチにあるように、比較的設備の整った住宅をゴールに置いています。
そして、この構想を現実のものにすべく、動き出しているのが、
The $300 House“というプロジェクトです。
このプロジェクトの提案書には、
すでに$358(人件費除く)で1軒建築できる目途がたったことが報告されています。

この提案書を作成したのは、アメリカを代表するガラス建材メーカーの
オーウェンズ・コーニング(Owens Corning)社。
世界有数のガラスメーカーであるコーニング社とオーウェンズ・イリノイ社の合弁会社が、
1938年にスピンオフするかたちで創業し、
現在はニューヨーク証券取引所に株式公開しています。

オーウェンズ・コーニング社の提案は、
破傷性のない軽量ガラス素材で住宅の屋根や壁を構築し、
その断熱効果で、快適な住宅環境をつくりだそうというものです。

この商品は実際にすでに実用化されており、
チリやメキシコなどでは大規模な住宅建設が事業として営まれています。
この事業を担当している同社の国際ビジネス開発部長、R. Jon Kailey氏が
サンダーバード国際経営大学院の卒業生ということで、
今週開催された彼の講演を聞くことができました。

このガラス素材を用いた住宅建設の実績は、
2010年に7000棟、2011年には12000~30000棟の注文が
すでに見込まれているようです。
同社はこの事業を社会貢献としてではなく、実際の営利事業として展開。
オーウェンズ・コーニング社の新たな事業の柱となりつつあります。

この住宅の効能は、安全面にも及びます。
軽量素材のため、災害時の家屋倒壊による社会へのダメージが少なく、
2010年のハイチ大地震(M7.4)では家屋倒壊で約30万人の死者が出たのに対し、
同年のチリ大地震(M8.8)では、この軽量素材の効果により、
死者が500名にとどまったということです。

これまで手の届かなかった住宅が、さらに多くの人が入手できるようになる。
「$300」という具体的なゴール設定が、様々な関係者の知恵を喚起しました。
このように具体的なゴールを設定し、実現方法を模索する思考プロセスは、
「バックキャスティング(Backcasting)」と呼ばれています。
今後の持続可能な社会を創造していく上で、
このバックキャスティングはキーコンセプトになると考えています。

また、Kailey氏は講演の最後に、学生たちにエールを送る意味も込めて、
軽量ガラス素材を低価格で住宅用に用いる手法をひらめいた経緯をこう語りました。

「通常の企業は商品開発をする際に、
途上国に来て短期間のリサーチだけをして帰っていってしまう。
でも、自分はもう何十年も南米やアジアなどの発展途上国に赴任してきた。
だからこそ、彼らの実際の生活にあった住宅環境を設計、建築することができた。
他の企業には真似できない、自分たちの競争力だ。

成功の秘訣は全部で6点。
1. 常に思考をフレキシブルであれ。
2. 現場に張り付け。本部からイノベーションは起こらない。
3. 多様性を重視しろ。アメリカ人の自分が途上国にいくことで多様性は生まれた。
4. 常にコストは最小限。保守コストも最小限。
5. 商品やシステムについて自社のエキスパートになれ。そして新しい市場を創りだせ。
6. 人が嫌がる仕事やプロジェクトを率先してやれ。」

彼のこの姿勢からは、一人の社会人として気づかされることが多かったです。