社会保障・税一体改革という言葉を最近頻繁に聞くようになりました。

小沢一郎氏を中心とした離党の動きで民主党が分裂の危機にあり、
一方で、民主党執行部と自民党は協調して法案を可決するという動きもあり、
誰が与党で、誰が野党なのかがわからなくなっています。

さらに、社会保障・税一体改革という動きながらも、
明確に聴こえてくるのは、「消費税が上がる」ということだけで、
何がどう一体改革なのかもよくわかりません。

小沢一郎氏は何に反対しているのか?
民主党と自民党は何を要求し合っているのか?

「高齢化が進んで、社会保障費が増加しているから増税は必須」
という理解で本当に正しいのかどうか?

新聞やテレビが報道する「政局」ではない、
改革議論の中身を、今回探って行きたいと思います。

■ もともとの民主党の提案

そもそも民主党のもともとの提案は何だったのでしょうか。
まずはこれを調べてみました。

一番よくまとまっているのは、内閣官房が発行した
パンフレット「明日の安心 社会保障と税の一体改革を考える」
です。

これは自民党や公明党と協議する前の、もともとの民主党の提案です。

民主党は、1年半前の2010年11月に「社会保障・税一体改革」検討をスタートし、
2011年12月にその内容をまとめました。
(具体的な検討の流れは内閣官房のウェブサイトを参照)

この内容がまとめられているのが、上記のパンフレットです。

中身は以下となっています。

(税改革の内容)
● 消費税率の段階的引き上げ(↑)
  2014年4月より8%(消費税6.3% 地方消費税1.7%)
  2015年10月より10%(消費税7.8% 地方消費税2.2%)
● 所得税・個人住民税の最高税率の引き上げ(↑)
● 相続税・贈与税の課税ベース拡大と最高税率の引き上げ(↑)
● 法人税・地方法人課税の課税ベース拡大(↑)
● 子孫への相続税・贈与税の税率引き下げ(↓)
● 法人実効税率の5%引き下げ(↓)

消費税以外にも個人については増税となる部分がたくさんありますが、
消費税がやはり大きな柱のようで、
消費税を10%とすることで、年間13.5兆円の政府歳入増加が期待できるいうことです。

[追記] 衆議院審議の過程で法案修正がなされ、消費税以外の税制変更は法案から削除されました。

(歳入増加分を何に使うのかの中身)

パンフレットでは、増税分の使途を以下と説明しています。

● 社会保障の充実 2.7兆円
● 年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円
● 高齢化で増加する社会保障費支出増 7.0兆円
● 消費増税分で増える政府支出コスト増 0.8兆円

名前だけでは、中身がまだわからないため、より詳細を調べていきました。

1. 「社会保障の充実 2.7兆円」の中身

この社会保障の充実が、今回の争点の大きな肝です。
この2.7兆円分は、新たに社会保障のプログラムを追加していこうというもので、
既存制度の維持のための社会保障支出の増加でありません。

民主党は、前回の総選挙でのマニフェストで、消費税増税をしないことを前提としながら、
新たな政策をたくさん掲げました。
その一部が、今回「社会保障の充実」という形で予算化されるということです。

この中身は同様にパンフレットに載っています。

また、パンフレットに記載されていない詳細は、
パンフレット作成のもととなっている資料、
厚生労働省が作成した「社会保障・税一体改革で目指す将来像」を見るとわかります。

● 子ども・子育て支援 0.7兆円(別途予算1兆円必要)
  - 待機児童の解消(保育施設、放課後児童クラブを増やす)
  - 幼保一体化(幼稚園と保育園を一体化させた施設をつくる)
  - 大都市以外の子育て支援(保育ママへの給付金交付)
  - 地域子育て支援施設の拡充
● 医療・介護制度の拡充 1.6兆円
  - 在宅医療・在宅介護制度の充実(連携拠点の整備や給付金の交付)
  - 早期回復に向けた支援(リハビリ施設の整備や給付金の交付)
  - 低所得者の医療・介護保険料を削減
  - 高額療養費制度の充実(年間費用上限設定)
  - ジェネリック医薬品の普及促進
● 年金制度改革 0.6兆円
  - 低所得者への年金の加算
  - 高所得者への年金給付の減額
  - 被用者年金の一元化(厚生年金に公務員及び私学教職員も加入)
  - 年金の物価スライド特例分の解消(年期給付額の適正化)
  - 短時間労働者への厚生年金・健康保険の適用拡大

2. 「年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円」の中身

この年金国庫負担2分の1。かなりわかりにくい内容です。

覚えている方もいるかもしれませんが、この年金国庫負担を2分の1にする話は、
2004年の年金法の改正で法律で決まれていることです。
この法律では、2009年度予算から年金国庫負担を2分の1にすることが定められていました。
しかし、実態として、財源がないまま、これを辛うじて実現しているのが現状です。

そもそも、年金国庫負担とは、
国民年金(支払うときには「老齢年金」「基礎年金」と呼ばれる)の財源として、
従来、3分の2を国民保険料、3分の1を税で賄っていたものを、
2分の1を国民保険料、2分の1を税と、税の比率を引き上げたという話です。

しかし、政府は増税をしないままこの税負担を増やそうとしたため、
結局、安定的な財源がないのです。


出典:参議院「基礎年金国庫負担割合の維持と財源確保

上の図は、増税をしないまま、どうやって年金国庫負担を引き上げてきたかという図です。

政府の努力は、
年金給付者への課税控除を見直したり、定率減税廃止分の税増収分を年金国庫負担に充てて、
2008年度までに国庫負担を1/3から36.5%まで引き上げてきました。

しかし、まだ国庫負担1/2にまでは遠く及びません。
そこで、法律で定められた2009年度予算、そして2010年度予算編成では、
財政投融資特別会計の余剰金(いわゆる埋蔵金)を充てて、
なんとか国庫負担1/2を実現。

埋蔵金がなくなった2011年度予算では、
震災後の復興債発行の際に、年金国庫負担分も無理矢理押し込んで予算を取り、
奇跡的に急場を凌ぎます。

しかし、2012年度は、復興債のような特殊な手法は使えず、埋蔵金もないため、
本当に財源がありません。

そこで、今回、「社会保障・税一体改革」でその財源を安定的に確保しようとなりました。
それがこの、「年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円」です。

しかし、消費税の増税計画は、2014年度から。
2012年度分及び2013年度分は、依然財源が確保できません。
そこで登場したのが、「年金交付国債」というアイデアです。

これは、通常の国債とは異なり、
本来、政府が現金を渡さなければ行けない相手に、「小切手」のようなものを手渡して、
現金の支給を先送りするための手法です。
今回の年金交付国債では、公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人に対して、
本来ならば、国庫負担(税)分を政府が支給しなければならないところを、
この「小切手」を支払って、将来に支払いを先送りしようというものです。

この手法のメリットは、あらためて対外的に「国債」を発行して現金を調達する必要がないため、
見かけ上の「国債発行額」や「政府予算の国債依存度」を上げなくてよくなるという点です。
国債が増えないことで、資金市場に対しての不安を抑える効果も期待できます。

これが、後々、問題を引き起こす「年金交付国債」の内容です。

3. 「高齢化で増加する社会保障費支出増 7.0兆円」の中身

ここでいう社会保障費支出とは、医療保険および介護保険が主な支出です。
少子高齢化に伴い、保険収入が減り、保険支出が増えるため、新たな財源が必要となっています。
この部分が、一般的に認識されている「高齢化のため増税が必要」の本丸です。

これまでは、社会保障費の支出増加分は国債発行で賄ってきましたが、
今後は、プライマリーバランスを改善するため、国債発行額を抑えるため、
増税が必要という話です。

今回は、この社会保障費支出増加分に、消費税増税5%のうち、2%分が充てられています。

4. 「消費増税分で増える政府支出コスト増 0.8兆円」の中身

最後のこの部分は、消費税増税を上げることによる「コスト増」の部分です。
内容は、消費税増税によって、小売店での物価が上がるため、
物価上昇分と連動させて、年金および社会保障費(生活保護等)を増額するということです。

そのため、消費税増税による税収13.5兆円のうち、
真の税収増は、12.7兆円だけだということになります。

長く見てきましたが、これがもともとの民主党の提案です。

■ 民主・自民・公明3党での合意内容

そして、ご存知のように、自民党、公明党が巻き返しを図ります。

そもそもなぜ与党の民主党が、ここまで野党を考慮しなければいけないかというと、
参議院で与党は過半数を取れていないからです。

現在、参議院では、総議席242(半数121)に対して、
与党系の民主党110、国民新党 3、新党大地・真民主2で。合計115しかありません。
さらに、民主党内で小沢一郎氏を中心に反対派がいるため、
参議院でも民主党議員から反対票が投じられる可能性があります。
これでは、上記の法案を通すことができません。

自民党と公明党は、以下の点を強く主張しました。
● 低所得者への年金の加算
● 民主党がマニフェストで定めていた後期高齢者医療制度廃止の撤回

民主党は、マニフェストで掲げた内容を取り下げることに抵抗感を示し、
議論は平行線を辿ります。

その後、民主・自民・公明の3党協議の結果、まとまったのが2012年6月15日の合意案です。
民主党のホームページに合意内容文書があります。

そして、その合意により、以下の妥協がなされました。(要約はロイター通信記事参照)

● 消費税等の増税については基本的に民主党の原案通り
● 民主党提案の「子ども・子育て支援」に必要な追加1兆円予算については政府が努力して確保する
● 民主党提案の「幼保一体化」では、幼保一体の「総合こども園」新設は取りやめ
  → 既存の「認定こども園」の拡充で対処
● 幼保一体化についてのそれ以外の内容は、3党で今後継続検討してから決める
● 年金改革や社会保障費改革の中身については、今後、国会議員と有識者で「国民会議」を設置し、
  議論を継続してから決める
● 年金交付国債は撤回する

すなわち、この合意の結果を受けての状況を、大胆に要約してしまうと、

● 消費税等の増税は決まった
● 増税までの間の年金国庫負担1/2確保のための手段がなくなった
  →つまりその分は新規国債発行せざるをえなくなる
● 新規施策2.7兆円の中身については、「国民会議」で継続検討となった

というものです。

そして、来週に、衆議院で以下の関連法案が民主(一部反対)・自民・公明の賛成で
可決される見込みとなっています。

「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の
 一部を改正する等の法律案」(3/30 内閣提出)
「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び
 地方交付税法の一部を改正する法律案」(3/30 内閣提出)
「公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を
 改正する法律案」(3/30 内閣提出)
「子ども・子育て支援法案」(3/30 内閣提出)
「子ども・子育て支援法及び総合こども園法の施行に伴う関係法律の整備等に関する
 法律案」(3/30 内閣提出。総合子ども園に関する部分は削除予定)
「被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金保険法等の一部を改正する
 法律案」(3/30 内閣提出)
「社会保障制度改革推進法案」(6/20 3党合同提出)
「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を
 改正する法律案」(6/20 3党合同提出)

[追記]6/26 上記全8法案は衆議院本会議で可決され、衆議院を通過。
   8/10 上記然8法案は参議院本会議で可決され、法案成立。

ここまで来て、ようやく、小沢一郎氏の主張の背景がわかります。

小沢氏は反対の理由として以下の内容を表明しています。(出所:日経新聞)

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
社会保障改革の我々のビジョンはどこかに置き忘れられている。
日本はデフレと不景気に苦しんでいる。不景気で大増税という話は聞いたことがない。

大増税だけが先行するやり方は国民への背信行為であり、裏切り行為であり、
我々の主張が正義、大義だと確信している。
増税先行の消費増税関連法案には反対すると輿石東幹事長にも言った。

今日集まっている皆さんにもいろいろな考えや判断があると思う。
自分は何のために政治家になっているのかに思いをいたして自身で決断をしてもらいたい。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

つまり、何も使途が決まらない中、消費増税だけを与野党が連携して決めているのは、
一体「正義なのか?」という主張です。

この議論に対する、私たちの判断軸としては、
● 政府支出の削減は限界とみて、国債発行抑制のために社会保障費7.0兆円
  と年金国庫負担増加2.9兆円の合わせて9.9兆円(消費税3.67%分)の増税は
  やむを得ないのかどうか
● 新規施策2.7兆円(消費税1.0%分)の支出増に賛成かどうか
ということになると思います。

もちろん、今回のおのおのの思惑の背景には、次回の総選挙でいかに勝つかということが
あると思います。

しかし、このブログでは、「中身」にフォーカスして、争点をクリアにしてみました。

与野党を巻き込む国家財政に関わる大きな議論。
しっかり内容を理解しておきたいなと想い調べた内容を、今回掲載させて頂きました。

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