社会保障・税一体改革という言葉を最近頻繁に聞くようになりました。

小沢一郎氏を中心とした離党の動きで民主党が分裂の危機にあり、
一方で、民主党執行部と自民党は協調して法案を可決するという動きもあり、
誰が与党で、誰が野党なのかがわからなくなっています。

さらに、社会保障・税一体改革という動きながらも、
明確に聴こえてくるのは、「消費税が上がる」ということだけで、
何がどう一体改革なのかもよくわかりません。

小沢一郎氏は何に反対しているのか?
民主党と自民党は何を要求し合っているのか?

「高齢化が進んで、社会保障費が増加しているから増税は必須」
という理解で本当に正しいのかどうか?

新聞やテレビが報道する「政局」ではない、
改革議論の中身を、今回探って行きたいと思います。

■ もともとの民主党の提案

そもそも民主党のもともとの提案は何だったのでしょうか。
まずはこれを調べてみました。

一番よくまとまっているのは、内閣官房が発行した
パンフレット「明日の安心 社会保障と税の一体改革を考える」
です。

これは自民党や公明党と協議する前の、もともとの民主党の提案です。

民主党は、1年半前の2010年11月に「社会保障・税一体改革」検討をスタートし、
2011年12月にその内容をまとめました。
(具体的な検討の流れは内閣官房のウェブサイトを参照)

この内容がまとめられているのが、上記のパンフレットです。

中身は以下となっています。

(税改革の内容)
● 消費税率の段階的引き上げ(↑)
  2014年4月より8%(消費税6.3% 地方消費税1.7%)
  2015年10月より10%(消費税7.8% 地方消費税2.2%)
● 所得税・個人住民税の最高税率の引き上げ(↑)
● 相続税・贈与税の課税ベース拡大と最高税率の引き上げ(↑)
● 法人税・地方法人課税の課税ベース拡大(↑)
● 子孫への相続税・贈与税の税率引き下げ(↓)
● 法人実効税率の5%引き下げ(↓)

消費税以外にも個人については増税となる部分がたくさんありますが、
消費税がやはり大きな柱のようで、
消費税を10%とすることで、年間13.5兆円の政府歳入増加が期待できるいうことです。

[追記] 衆議院審議の過程で法案修正がなされ、消費税以外の税制変更は法案から削除されました。

(歳入増加分を何に使うのかの中身)

パンフレットでは、増税分の使途を以下と説明しています。

● 社会保障の充実 2.7兆円
● 年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円
● 高齢化で増加する社会保障費支出増 7.0兆円
● 消費増税分で増える政府支出コスト増 0.8兆円

名前だけでは、中身がまだわからないため、より詳細を調べていきました。

1. 「社会保障の充実 2.7兆円」の中身

この社会保障の充実が、今回の争点の大きな肝です。
この2.7兆円分は、新たに社会保障のプログラムを追加していこうというもので、
既存制度の維持のための社会保障支出の増加でありません。

民主党は、前回の総選挙でのマニフェストで、消費税増税をしないことを前提としながら、
新たな政策をたくさん掲げました。
その一部が、今回「社会保障の充実」という形で予算化されるということです。

この中身は同様にパンフレットに載っています。

また、パンフレットに記載されていない詳細は、
パンフレット作成のもととなっている資料、
厚生労働省が作成した「社会保障・税一体改革で目指す将来像」を見るとわかります。

● 子ども・子育て支援 0.7兆円(別途予算1兆円必要)
  - 待機児童の解消(保育施設、放課後児童クラブを増やす)
  - 幼保一体化(幼稚園と保育園を一体化させた施設をつくる)
  - 大都市以外の子育て支援(保育ママへの給付金交付)
  - 地域子育て支援施設の拡充
● 医療・介護制度の拡充 1.6兆円
  - 在宅医療・在宅介護制度の充実(連携拠点の整備や給付金の交付)
  - 早期回復に向けた支援(リハビリ施設の整備や給付金の交付)
  - 低所得者の医療・介護保険料を削減
  - 高額療養費制度の充実(年間費用上限設定)
  - ジェネリック医薬品の普及促進
● 年金制度改革 0.6兆円
  - 低所得者への年金の加算
  - 高所得者への年金給付の減額
  - 被用者年金の一元化(厚生年金に公務員及び私学教職員も加入)
  - 年金の物価スライド特例分の解消(年期給付額の適正化)
  - 短時間労働者への厚生年金・健康保険の適用拡大

2. 「年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円」の中身

この年金国庫負担2分の1。かなりわかりにくい内容です。

覚えている方もいるかもしれませんが、この年金国庫負担を2分の1にする話は、
2004年の年金法の改正で法律で決まれていることです。
この法律では、2009年度予算から年金国庫負担を2分の1にすることが定められていました。
しかし、実態として、財源がないまま、これを辛うじて実現しているのが現状です。

そもそも、年金国庫負担とは、
国民年金(支払うときには「老齢年金」「基礎年金」と呼ばれる)の財源として、
従来、3分の2を国民保険料、3分の1を税で賄っていたものを、
2分の1を国民保険料、2分の1を税と、税の比率を引き上げたという話です。

しかし、政府は増税をしないままこの税負担を増やそうとしたため、
結局、安定的な財源がないのです。


出典:参議院「基礎年金国庫負担割合の維持と財源確保

上の図は、増税をしないまま、どうやって年金国庫負担を引き上げてきたかという図です。

政府の努力は、
年金給付者への課税控除を見直したり、定率減税廃止分の税増収分を年金国庫負担に充てて、
2008年度までに国庫負担を1/3から36.5%まで引き上げてきました。

しかし、まだ国庫負担1/2にまでは遠く及びません。
そこで、法律で定められた2009年度予算、そして2010年度予算編成では、
財政投融資特別会計の余剰金(いわゆる埋蔵金)を充てて、
なんとか国庫負担1/2を実現。

埋蔵金がなくなった2011年度予算では、
震災後の復興債発行の際に、年金国庫負担分も無理矢理押し込んで予算を取り、
奇跡的に急場を凌ぎます。

しかし、2012年度は、復興債のような特殊な手法は使えず、埋蔵金もないため、
本当に財源がありません。

そこで、今回、「社会保障・税一体改革」でその財源を安定的に確保しようとなりました。
それがこの、「年金国庫負担2分の1の実現 2.9兆円」です。

しかし、消費税の増税計画は、2014年度から。
2012年度分及び2013年度分は、依然財源が確保できません。
そこで登場したのが、「年金交付国債」というアイデアです。

これは、通常の国債とは異なり、
本来、政府が現金を渡さなければ行けない相手に、「小切手」のようなものを手渡して、
現金の支給を先送りするための手法です。
今回の年金交付国債では、公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人に対して、
本来ならば、国庫負担(税)分を政府が支給しなければならないところを、
この「小切手」を支払って、将来に支払いを先送りしようというものです。

この手法のメリットは、あらためて対外的に「国債」を発行して現金を調達する必要がないため、
見かけ上の「国債発行額」や「政府予算の国債依存度」を上げなくてよくなるという点です。
国債が増えないことで、資金市場に対しての不安を抑える効果も期待できます。

これが、後々、問題を引き起こす「年金交付国債」の内容です。

3. 「高齢化で増加する社会保障費支出増 7.0兆円」の中身

ここでいう社会保障費支出とは、医療保険および介護保険が主な支出です。
少子高齢化に伴い、保険収入が減り、保険支出が増えるため、新たな財源が必要となっています。
この部分が、一般的に認識されている「高齢化のため増税が必要」の本丸です。

これまでは、社会保障費の支出増加分は国債発行で賄ってきましたが、
今後は、プライマリーバランスを改善するため、国債発行額を抑えるため、
増税が必要という話です。

今回は、この社会保障費支出増加分に、消費税増税5%のうち、2%分が充てられています。

4. 「消費増税分で増える政府支出コスト増 0.8兆円」の中身

最後のこの部分は、消費税増税を上げることによる「コスト増」の部分です。
内容は、消費税増税によって、小売店での物価が上がるため、
物価上昇分と連動させて、年金および社会保障費(生活保護等)を増額するということです。

そのため、消費税増税による税収13.5兆円のうち、
真の税収増は、12.7兆円だけだということになります。

長く見てきましたが、これがもともとの民主党の提案です。

■ 民主・自民・公明3党での合意内容

そして、ご存知のように、自民党、公明党が巻き返しを図ります。

そもそもなぜ与党の民主党が、ここまで野党を考慮しなければいけないかというと、
参議院で与党は過半数を取れていないからです。

現在、参議院では、総議席242(半数121)に対して、
与党系の民主党110、国民新党 3、新党大地・真民主2で。合計115しかありません。
さらに、民主党内で小沢一郎氏を中心に反対派がいるため、
参議院でも民主党議員から反対票が投じられる可能性があります。
これでは、上記の法案を通すことができません。

自民党と公明党は、以下の点を強く主張しました。
● 低所得者への年金の加算
● 民主党がマニフェストで定めていた後期高齢者医療制度廃止の撤回

民主党は、マニフェストで掲げた内容を取り下げることに抵抗感を示し、
議論は平行線を辿ります。

その後、民主・自民・公明の3党協議の結果、まとまったのが2012年6月15日の合意案です。
民主党のホームページに合意内容文書があります。

そして、その合意により、以下の妥協がなされました。(要約はロイター通信記事参照)

● 消費税等の増税については基本的に民主党の原案通り
● 民主党提案の「子ども・子育て支援」に必要な追加1兆円予算については政府が努力して確保する
● 民主党提案の「幼保一体化」では、幼保一体の「総合こども園」新設は取りやめ
  → 既存の「認定こども園」の拡充で対処
● 幼保一体化についてのそれ以外の内容は、3党で今後継続検討してから決める
● 年金改革や社会保障費改革の中身については、今後、国会議員と有識者で「国民会議」を設置し、
  議論を継続してから決める
● 年金交付国債は撤回する

すなわち、この合意の結果を受けての状況を、大胆に要約してしまうと、

● 消費税等の増税は決まった
● 増税までの間の年金国庫負担1/2確保のための手段がなくなった
  →つまりその分は新規国債発行せざるをえなくなる
● 新規施策2.7兆円の中身については、「国民会議」で継続検討となった

というものです。

そして、来週に、衆議院で以下の関連法案が民主(一部反対)・自民・公明の賛成で
可決される見込みとなっています。

「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の
 一部を改正する等の法律案」(3/30 内閣提出)
「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び
 地方交付税法の一部を改正する法律案」(3/30 内閣提出)
「公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を
 改正する法律案」(3/30 内閣提出)
「子ども・子育て支援法案」(3/30 内閣提出)
「子ども・子育て支援法及び総合こども園法の施行に伴う関係法律の整備等に関する
 法律案」(3/30 内閣提出。総合子ども園に関する部分は削除予定)
「被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金保険法等の一部を改正する
 法律案」(3/30 内閣提出)
「社会保障制度改革推進法案」(6/20 3党合同提出)
「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を
 改正する法律案」(6/20 3党合同提出)

[追記]6/26 上記全8法案は衆議院本会議で可決され、衆議院を通過。
   8/10 上記然8法案は参議院本会議で可決され、法案成立。

ここまで来て、ようやく、小沢一郎氏の主張の背景がわかります。

小沢氏は反対の理由として以下の内容を表明しています。(出所:日経新聞)

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
社会保障改革の我々のビジョンはどこかに置き忘れられている。
日本はデフレと不景気に苦しんでいる。不景気で大増税という話は聞いたことがない。

大増税だけが先行するやり方は国民への背信行為であり、裏切り行為であり、
我々の主張が正義、大義だと確信している。
増税先行の消費増税関連法案には反対すると輿石東幹事長にも言った。

今日集まっている皆さんにもいろいろな考えや判断があると思う。
自分は何のために政治家になっているのかに思いをいたして自身で決断をしてもらいたい。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

つまり、何も使途が決まらない中、消費増税だけを与野党が連携して決めているのは、
一体「正義なのか?」という主張です。

この議論に対する、私たちの判断軸としては、
● 政府支出の削減は限界とみて、国債発行抑制のために社会保障費7.0兆円
  と年金国庫負担増加2.9兆円の合わせて9.9兆円(消費税3.67%分)の増税は
  やむを得ないのかどうか
● 新規施策2.7兆円(消費税1.0%分)の支出増に賛成かどうか
ということになると思います。

もちろん、今回のおのおのの思惑の背景には、次回の総選挙でいかに勝つかということが
あると思います。

しかし、このブログでは、「中身」にフォーカスして、争点をクリアにしてみました。

与野党を巻き込む国家財政に関わる大きな議論。
しっかり内容を理解しておきたいなと想い調べた内容を、今回掲載させて頂きました。

7/20, 衆議院本会議で「2011年度第2次補正予算案」が可決されました。
(日経新聞の記事はコチラ

参議院での審議はこれからですが、
参議院での可決も見通されていること、並びに、
憲法上の規定により予算における「衆議院の優越」が認められていることから、
実質的に、衆議院で可決された予算案が成立したことになります。

2次補正予算の総額は1兆9988億円。
東日本大震災の復旧対策に要する予算が盛り込まれました。

財務省の資料によると、1兆9988億円の内訳は以下のようになります。

1.原子力損害賠償法等関係経費            2,754億円

(1) 原子力損害賠償法関係経費             2,474億円
○ 政府補償契約に基づく補償金支払い          1,200億円
○ 原子力損害賠償和解仲介業務経費等            13億円
○ 福島県 原子力被災者・子ども健康基金          962億円
○ 除染ガイドライン作成等事業               2億円
○ 放射能モニタリングの強化               235億円
○ 福島県外も含めた校庭等の放射線低減事業         50億円
○ 東電福島原発における事故調査・検証委員会経費      2億円
○ 「日本ブランド」復活のための対外発信力強化       53億円

(2) 原子力損害賠償支援機構法(仮称)関係経費      280億円
○ 原子力損害賠償支援機構(仮称)への出資金        70億円
○ 交付国債償還財源に係る利子負担            200億円
○ 東京電力に関する経営・財務調査委員会に必要な経費    10億円

2.被災者支援関係経費                3,774億円

(1) 二重債務問題対策                  774億円
○ 中小企業再生支援協議会を核とした相談窓口の体制強化   30億円
○ 中小企業基盤整備機構等が出資する新たな仕組み      1億円
○ 再生可能性を判断する間の利子負担の軽減        184億円
○ 震災により一旦廃業した中小企業者等対象の融資の拡充   10億円
○ 中小企業組合等共同施設等災害復旧事業
 (1次補正において155億円措置)             100億円
○ 被災地域産業地区再整備事業
 (1次補正において10億円措置)             215億円
○ 水産業共同利用施設の機器等(製氷機等)の整備の拡充
 (1次補正において18億円措置)             193億円
○ 木質系震災廃棄物等の活用可能性調査           1億円
○ 再生可能性のある医療・福祉施設に対する貸付債権の
 条件変更を推進するための福祉医療機構の財務基盤強化   40億円

(2) 被災者生活再建支援金補助金             3000億円
今般の東日本大震災に限った特例措置として、既に支給した支援金を
含め補助率(現行50%)を80%へ引上げ(20万世帯に対する支援金支
給に必要な規模)。

3.東日本大震災復旧・復興予備費            8000億円
東日本大震災に係る復旧及び復興に関係する経費であって、予見し難
い予算の不足に緊急に充てるためのもの。

4.地方交付税交付金                  5455億円
東日本大震災に係る被災自治体等の特別な財政需要に対応。その中で
東日本大震災復旧・復興予備費使用に係る地方負担、被災者生活再建
支援制度の地方負担に係る積増し分等にも適切に対応。

合計                        1兆9988億円

この第2次補正予算の財源については、国債を充てずに、
平成22年度(2010年度)決算剰余金により賄うこととされています。

この決算剰余金とは、予算を策定したときの想定と、
実際に予算年度を終えて決算を行った時の差額のことです。

財務省の資料によると、2010年度の決算剰余金は1兆4651億円。
そのうちの1兆4533億円を今回の補正予算のために投入し、
残りの5455億円は地方交付税交付金財源を投入するということです。

また、通常この決算剰余金は、財政法の取り決めにより、
半額以上を公債の償還に充てることが定められています。
今回の決算剰余金の補正予算への活用は、特例法を経て可能となります。
結果として、国債の償還に充てられる額が減少することとなります。
言うなれば、新たな借金はしないものの、
以前借りた借金の返済額が少なくなるということです。

政府を中心に、復興後の日本の未来についての検討が進められていますが、
今回の2次補正予算には長期プランのための予算は盛り込まれていません。

6月10日、
「東日本大震災復興基本法案」が衆議院本会議で可決されたニュースが
相次いで報道されました。

そして、6月20日にも、同法案は参議院本会議でも可決され、
法律として成立するとの見通しが立てられています。

多くの報道機関は、この衆院通過について、
「復興庁、復興債、復興特区が盛り込まれた」「民主党が自民党・公明党案を丸のみした」
ということに力点を置いていましたが、
どのメディアの記事を読んでも、この法律で「何がどう変わるのか」がわかりづらかったため、
法案にまでさかのぼって内容を見てみました。

法案は、衆議院のホームページから閲覧することができます。
※このブログの最後に法案を全文を掲載しました。

この法案は、4章24条構成となっています。

◆ 第1章(第1条から第5条):総則

法案の趣旨を説明したものであり、具体的に「何が変わるか」に関する取極はありません。

◆ 第2章(第6条から第10条):基本的施策

ここで述べられている具体的な内容は、「財源」についてです。
長い文章ですが、要は、「特例の復興債」を発行して財源を確保するという内容です。
その代わり、その他の国家予算は切り詰めるように努力しようと補足しています。

この復興債は、その他の公債とは区別してモニタリングされるようです。
復興債の額や手法については、「別に法律で定める」と言っているので、
具体的な内容はまだ決まっていません。

第10条では、地方自治体が、
従来の法律に沿わない取組を実施することを可能とするための枠組みとして、
「復興特別区域制度」を検討するということが書かれていますが、
こちらも具体的な内容については、
「総合的に検討を加え、速やかに必要な法制上の措置を講ずる」としており、
具体的な検討はこれからのようです。

◆ 第3章(第11条から第23条):東日本大震災復興対策本部

この章では、新しく内閣に(組織的にはおそらく内閣官房に)新設される
「東日本大震災復興対策本部」の中身について書かれています。

3月11日の大震災発生以降、政府は沸き起こる様々な課題に対して、
次々と「対策チーム」を設置して、対応してきました。
原子力災害対策本部、被災者生活支援特別対策本部、原子力被災者生活支援チーム、
震災ボランティア連携室など、新設された政府の組織は20以上もあるようです。

内閣の中に新たな「チーム」を発動することはそれほど難しくはありません。
誰が「チーム長」で、誰が「副チーム長」なのかを決めればよいだけだからです。
しかし、そのチームを「機能させる」ことは容易ではありません。
具体的なチーム編成、予算、権限、活動範囲、活動内容、活動スケジュール、
意志決定の方法、チーム内や他の省庁との連絡ルートの確立、扱う法案の範囲
などなど、不明確なものがたくさんあるためです。

そのため、新設される「東日本大震災復興対策本部」の役割は、
全体の企画立案や意思決定をスムーズにしていくことにあります。

□ 東日本大震災復興対策本部
 〈意志決定機関〉
   本部長: 首相
   副本部長: 内閣官房長官と東日本大震災復興対策担当大臣(新設)の2名
   本部員: 全ての国務大臣と、首相が任命する副大臣・政務官・官僚トップ
 〈事務遂行機関〉
   幹事: 首相が任命する官僚
   現地対策本部: 本部長(首相が任命する副大臣・政務官など)
              本部員(首相が任命する官僚)
   事務局: 事務局長、事務局員、現地対策本部事務局
 〈ご意見番機関〉
   東日本大震災復興構想会議: 地方自治体の首長または有識者など25名以内
   原発事故対策用の合議制機関: 地方自治体の首長または有識者など
   ※双方とも、関係企業、団体、個人などに資料提出やヒアリングを要求できる。

◆ 第4章(第24条):復興庁の設置に関する基本方針

第3章で定められた「東日本大震災復興対策本部」は、
第4章で定められる「復興庁」が創設されると廃止されることになります。
そして、東日本大震災復興構想会議など、対策本部の下部組織は、
この復興庁に引き継がれることとされています。

これが、成立しようとしている「東日本大震災復興基本法」の内容です。

したがって、冒頭の「この法律によって何が変わるか?」の回答としては、

  新たな行政組織が誕生する。
  復興債や復興特別区域制度というものも誕生しそうだが、
  これらはまだ具体的には決まっていない。
  また、新設される行政組織が実施する新たな政策や取り組みについても、
  まだ決まってない。

ということとなります。
この法律で、復興支援の具体案が何か決まるわけではありません。

しかしながら、この法律は、行政組織を動かしていくためには必要な法律です。
行政組織は、基本的に「法律に基づいて」活動することが許されている組織であり、
人員数、予算額、部署の新設・統廃合等を決めるためには、
すべて国会で法律を新設または修正する必要があるからです。

東日本大震災という通常の行政手続だけでは対応できない大きな問題に対し、
行政組織のリソース(人的資源、予算、資産)を活用するには、
その活用方法に関するルール(基本法)がどうしても必要となります。
この基本法があることで、官僚機構が持てる力を発揮できるようになり、
具体的な施策の検討をスムーズに開始できるのです。

もちろん、この基本法が成立するのが震災発生の3か月後という、
スピードの遅さは極めて大きな問題です。
官僚機構リソースの活用方法を決めるためだけに3か月を費やしては、
国民の支持を得ることはできません。

もちろん、この3か月、国は何も議論をしてこなかったわけではありません。
例えば、東日本大震災復興基本法で規定されている
東日本大震災復興構想会議」は、既に4月15日から活動を始めています。
構想会議の下には、長期ビジョンを検討する「検討部会」も設置され、
様々な有識者による意見交換が開始されています。
他にも、それぞれの省庁において短期的な復興への取組が始まっています。

しかしながら、復興に向けて大がかりな仕掛けについては、
いまだ目指す方向性は固まっておらず、
構想会議で検討されている内容が実際の政策にどう反映されるかについても、
はっきりしないのが実状です。

官僚機構は、巨大な権限、資源、予算を持ち、強大な影響力を持つ一方、
「大組織」として運営効率やスピード、柔軟性を書く性格を本質的に帯びています。

国民は「日本の政治はスピードが遅い」と嘆くだけでなく、
この官僚機構の負の性格を理解した上で、
政府に対する付き合い方や期待の度合いを考えていく必要があると考えています。

===東日本大震災復興基本法案の本文===

目次

 第一章 総則(第一条―第五条)
 第二章 基本的施策(第六条―第十条)
 第三章 東日本大震災復興対策本部(第十一条―第二十三条)
 第四章 復興庁の設置に関する基本方針(第二十四条)
 附則

   第一章 総則

 (目的)
第一条 この法律は、東日本大震災が、その被害が甚大であり、かつ、その被災地域が広範にわたる等極めて大規模なものであるとともに、地震及び津波並びにこれらに伴う原子力発電施設の事故による複合的なものであるという点において我が国にとって未曽有の国難であることに鑑み、東日本大震災からの復興についての基本理念を定め、並びに現在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社会の実現に向けて、東日本大震災からの復興のための資金の確保、復興特別区域制度の整備その他の基本となる事項を定めるとともに、東日本大震災復興対策本部の設置及び復興庁の設置に関する基本方針を定めること等により、東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図ることを目的とする。

 (基本理念)
第二条 東日本大震災からの復興は、次に掲げる事項を基本理念として行うものとする。
 一 未曽有の災害により、多数の人命が失われるとともに、多数の被災者がその生活基盤を奪われ、被災地域内外での避難生活を余儀なくされる等甚大な被害が生じており、かつ、被災地域における経済活動の停滞が連鎖的に全国各地における企業活動や国民生活に支障を及ぼしている等その影響が広く全国に及んでいることを踏まえ、国民一般の理解と協力の下に、被害を受けた施設を原形に復旧すること等の単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生を視野に入れた抜本的な対策及び一人一人の人間が災害を乗り越えて豊かな人生を送ることができるようにすることを旨として行われる復興のための施策の推進により、新たな地域社会の構築がなされるとともに、二十一世紀半ばにおける日本のあるべき姿を目指して行われるべきこと。この場合において、行政の内外の知見が集約され、その活用がされるべきこと。
 二 国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の連携協力並びに全国各地の地方公共団体の相互の連携協力が確保されるとともに、被災地域の住民の意向が尊重され、あわせて女性、子ども、障害者等を含めた多様な国民の意見が反映されるべきこと。この場合において、被災により本来果たすべき機能を十全に発揮することができない地方公共団体があることへの配慮がされるべきこと。
 三 被災者を含む国民一人一人が相互に連帯し、かつ、協力することを基本とし、国民、事業者その他民間における多様な主体が、自発的に協働するとともに、適切に役割を分担すべきこと。
 四 少子高齢化、人口の減少及び国境を越えた社会経済活動の進展への対応等の我が国が直面する課題や、食料問題、電力その他のエネルギーの利用の制約、環境への負荷及び地球温暖化問題等の人類共通の課題の解決に資するための先導的な施策への取組が行われるべきこと。
 五 次に掲げる施策が推進されるべきこと。
  イ 地震その他の天災地変による災害の防止の効果が高く、何人も将来にわたって安心して暮らすことのできる安全な地域づくりを進めるための施策
  ロ 被災地域における雇用機会の創出と持続可能で活力ある社会経済の再生を図るための施策
  ハ 地域の特色ある文化を振興し、地域社会の絆(きずな)の維持及び強化を図り、並びに共生社会の実現に資するための施策
 六 原子力発電施設の事故による災害を受けた地域の復興については、当該災害の復旧の状況等を勘案しつつ、前各号に掲げる事項が行われるべきこと。

 (国の責務)
第三条 国は、前条の基本理念にのっとり、二十一世紀半ばにおける日本のあるべき姿を示すとともに、東日本大震災からの復興のための施策に関する基本的な方針(以下「東日本大震災復興基本方針」という。)を定め、これに基づき、東日本大震災からの復興に必要な別に法律で定める措置その他の措置を講ずる責務を有する。
 (地方公共団体の責務)
第四条 地方公共団体は、第二条の基本理念にのっとり、かつ、東日本大震災復興基本方針を踏まえ、計画的かつ総合的に、東日本大震災からの復興に必要な措置を講ずる責務を有する。

 (国民の努力)
第五条 国民は、第二条の基本理念にのっとり、相互扶助と連帯の精神に基づいて、被災者への支援その他の助け合いに努めるものとする。

   第二章 基本的施策

 (復興に関する施策の迅速な実施)
第六条 国は、東日本大震災からの復興に関する施策を迅速に実施するため、第三条の規定により講ずる措置について、その円滑かつ弾力的な執行に努めなければならない。

 (資金の確保のための措置)
第七条 国は、次に掲げる措置その他の措置を講ずることにより、東日本大震災からの復興のための資金の確保に努めるものとする。
 一 復興及びこれに関連する施策以外の施策に係る予算を徹底的に見直し、当該施策に係る歳出の削減を図ること。
 二 財政投融資に係る資金及び民間の資金の積極的な活用を図ること。

 (復興債の発行等)
第八条 国は、東日本大震災からの復興に必要な資金を確保するため、別に法律で定めるところにより、公債(次項において「復興債」という。)を発行するものとする。
2 国は、復興債については、その他の公債と区分して管理するとともに、別に法律で定める措置その他の措置を講ずることにより、あらかじめ、その償還の道筋を明らかにするものとする。

 (復興に係る国の資金の流れの透明化)
第九条 国は、被災者を含めた国民一人一人が東日本大震災からの復興の担い手であることを踏まえて、その復興に係る国の資金の流れについては、国の財政と地方公共団体の財政との関係を含めてその透明化を図るものとする。

 (復興特別区域制度の整備)
第十条 政府は、被災地域の地方公共団体の申出により、区域を限って、規制の特例措置その他の特別措置を適用する制度(以下「復興特別区域制度」という。)を活用し、地域における創意工夫を生かして行われる東日本大震災からの復興に向けた取組の推進を図るものとし、このために必要な復興特別区域制度について総合的に検討を加え、速やかに必要な法制上の措置を講ずるものとする。

   第三章 東日本大震災復興対策本部

 (設置)
第十一条 内閣に、東日本大震災復興対策本部(以下「本部」という。)を置く。

 (所掌事務)
第十二条 本部は、次に掲げる事務をつかさどる。
 一 東日本大震災復興基本方針に関する企画及び立案並びに総合調整に関する事務
 二 関係地方公共団体が行う復興事業への国の支援その他関係行政機関が講ずる東日本大震災からの復興のための施策の実施の推進及びこれに関する総合調整に関する事務
 三 前二号に掲げるもののほか、法令の規定により本部に属させられた事務

 (東日本大震災復興対策本部長)
第十三条 本部の長は、東日本大震災復興対策本部長(以下「本部長」という。)とし、内閣総理大臣をもって充てる。
2 本部長は、本部の事務を総括し、所部の職員を指揮監督する。

 (東日本大震災復興対策副本部長)
第十四条 本部に、東日本大震災復興対策副本部長(以下「副本部長」という。)を置き、内閣官房長官及び東日本大震災復興対策担当大臣(内閣総理大臣の命を受けて、東日本大震災からの復興のための施策の推進に関し内閣総理大臣を助けることをその職務とする国務大臣をいう。)をもって充てる。
2 副本部長は、本部長の職務を助ける。

 (東日本大震災復興対策本部員)
第十五条 本部に、東日本大震災復興対策本部員(以下「本部員」という。)を置く。
2 本部員は、次に掲げる者をもって充てる。
 一 本部長及び副本部長以外の全ての国務大臣
 二 内閣官房副長官、関係府省の副大臣若しくは大臣政務官又は国務大臣以外の関係行政機関の長のうちから、内閣総理大臣が任命する者

 (幹事)
第十六条 本部に、幹事を置く。
2 幹事は、関係行政機関の職員のうちから、内閣総理大臣が任命する。
3 幹事は、本部の所掌事務について、本部長、副本部長及び本部員を助ける。

 (現地対策本部)
第十七条 本部に、第十二条(第一号を除く。)に規定する事務の一部を分掌させるため、地方機関として、所要の地に現地対策本部を置く。
2 現地対策本部の名称、位置及び管轄区域は、政令で定める。
3 現地対策本部に現地対策本部長を置き、関係府省の副大臣、大臣政務官その他の職を占める者のうちから内閣総理大臣が任命する者をもって充てる。
4 現地対策本部長は、本部長の命を受け、現地対策本部の事務を掌理する。
5 現地対策本部に現地対策本部員を置き、国の関係地方行政機関の長その他の職員のうちから内閣総理大臣が任命する者をもって充てる。

 (東日本大震災復興構想会議の設置等)
第十八条 本部に、東日本大震災復興構想会議を置く。
2 東日本大震災復興構想会議は、次に掲げる事務をつかさどる。
 一 本部長の諮問に応じて、東日本大震災からの復興に関する重要事項を調査審議し、及びこれに関し必要と認める事項を本部長に建議すること。
 二 東日本大震災からの復興のための施策の実施状況を調査審議し、必要があると認める場合に本部長に意見を述べること。
3 東日本大震災復興構想会議は、議長及び委員二十五人以内をもって組織する。
4 議長及び委員は、関係地方公共団体の長及び優れた識見を有する者のうちから、内閣総理大臣が任命する。

 (原子力発電施設の事故による災害を受けた地域の復興に関する合議制の機関)
第十九条 前条第一項に定めるもののほか、原子力発電施設の事故による災害を受けた地域の復興に関する重要事項について、当該災害の復旧の状況等を踏まえ、特別に調査審議を行わせるため必要があると認められるときは、政令で定めるところにより、本部に、関係地方公共団体の長及び原子力関連技術、当該災害を受けた地域の経済事情等に関し優れた識見を有する者で構成される合議制の機関を置くことができる。この場合において、当該機関による調査審議は、東日本大震災復興構想会議による調査審議の結果を踏まえて行われなければならない。

 (資料の提出その他の協力の要請)
第二十条 東日本大震災復興構想会議及び前条に規定する合議制の機関(以下「東日本大震災復興構想会議等」という。)は、その所掌事務を遂行するため必要があると認めるときは、関係行政機関又は関係のある公私の団体に対し、資料の提出、意見の表明、説明その他の必要な協力を求めることができる。
2 東日本大震災復興構想会議等は、その所掌事務を遂行するため特に必要があると認めるときは、前項に規定する者以外の者であって調査審議の対象となる事項に関し識見を有する者に対しても、必要な協力を依頼することができる。

 (事務局)
第二十一条 本部に、その事務を処理させるため、事務局を置く。
2 事務局に、事務局長その他の職員を置く。
3 事務局長は、関係のある他の職を占める者をもって充てられるものとする。
4 事務局長は、本部長の命を受け、局務を掌理する。
5 事務局に、現地対策本部に対応して、事務局の所掌事務のうち当該現地対策本部に係るものを処理させるため、現地対策本部事務局を置く。

 (主任の大臣)
第二十二条 本部に係る事項については、内閣法(昭和二十二年法律第五号)にいう主任の大臣は、内閣総理大臣とする。

 (政令への委任)
第二十三条 この章に定めるもののほか、本部に関し必要な事項は、政令で定める。

   第四章 復興庁の設置に関する基本方針

第二十四条 別に法律で定めるところにより、内閣に、復興庁(第三項に規定する事務を行う行政組織をいう。以下同じ。)を設置するものとする。
2 復興庁は、期間を限って、置かれるものとする。
3 復興庁は、主体的かつ一体的に行うべき東日本大震災からの復興に関する国の施策に関し、次に掲げる事務をつかさどるものとし、当該事務の効率的かつ円滑な遂行が確保されるよう編成するものとする。
 一 東日本大震災からの復興に関する施策の企画及び立案並びに総合調整に関する事務
 二 東日本大震災からの復興に関する施策の実施に係る事務
 三 その他東日本大震災からの復興に関し必要な事務
4 本部は、復興庁の設置の際に廃止するものとし、本部並びに現地対策本部、東日本大震災復興構想会議等及びその他の本部に置かれる組織の機能は、復興庁及びこれに置かれる組織に引き継がれるものとする。
5 復興庁は、できるだけ早期に設置することとし、政府は、前各項に定めるところにより、復興庁を設置するために必要な措置について検討を行い、可能な限り早い時期に法制上の措置を講ずるものとする。

   附 則
 この法律は、公布の日から施行する。

     理 由
 東日本大震災が、その被害が甚大であり、かつ、その被災地域が広範にわたる等極めて大規模なものであるとともに、地震及び津波並びにこれらに伴う原子力発電施設の事故による複合的なものであるという点において我が国にとって未曽有の国難であることに鑑み、東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図るため、東日本大震災からの復興についての基本理念を定め、並びに現在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社会の実現に向けて、東日本大震災からの復興のための資金の確保、復興特別区域制度の整備その他の基本となる事項を定めるとともに、東日本大震災復興対策本部の設置及び復興庁の設置に関する基本方針を定めること等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。