David Vogel. “The Market for Virtue: The Potential And Limits of Corporate Social Responsibility.” Brookings Institution Press (August 1, 2006)

日本語訳はコチラ↓

2006年とやや古い本ですが、
Amazon.comで”Corporate Social Responsibility”で検索すると、
今でも上位に登場する、CSR業界(?)で話題を呼んだ本です。

著者は、カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkley)のDavid Vogel教授。
Vogel教授は、この大学の政治学部とビジネススクールの双方で教鞭に立ち、
ビジネス倫理を専門としています。

CSRやSustainabilityに関する本が最近は数多く出版される中、
この本の特異な点は、「冷静にCSRの限界を指摘する」という点です。
彼は、CSRそのものに批判的なわけではありません。もちろん高く評価しています。
その上で、緻密なデータやリサーチをもとに、なぜCSRは社会を変えられないのか?
という点を、丁寧に説明されています。

この本で紹介されているテーマは、俗にESG+HRと呼ばれる、
環境、社会、ガバナンス、人権の全域に及びます。
原油、木材、児童労働、フェアトレード、コーヒー、カカオなどなど、
CSRやサステイナビリティで分野で登場するものはほぼ網羅。
それらについての法制度やNGO協定、そしてそれがもたらした効果などを
まさに「研究者」らしく緻密に検証していきます。

そして、CSR活動が、現状の課題を大きな効果を持つことはできておらず、
あくまでも「ないよりはまし」というレベルにとどまっているという結論を導き出します。

大手企業の努力にかかわらず、森林伐採は全体としては悪化しているし、
児童労働問題も頻繁に発生し続けているし、
フェアトレードで取引されている割合は全体の取引額のわずか数%。

大手企業では、特に熱狂的なCEOに導かれ、CSR活動が進んできたが、
他の大多数の企業では、コスト高になるCSR活動に真剣に取り組むことは「許されず」、
企業の自律的な規制では限界があるという主張です。

そして、最後の章で紹介されているVogel教授の提案は、「法規制による強制」です。
企業のCSR活動は、インパクトの面で限界がある。
それを大きなうねりにするためには、自律的な規制だけでなく、法規制すべきである。
そのために、企業は自らの活動を規制するだけでなく、
政府と協働して法整備に力をいれるべきだ、としています。

Vogel教授の膨大なリサーチには、感服させられます。
この本を読むだけで、ESG+HRの大まかな制度や状況を効率的に知ることができます。
そして、感情的ではない冷静な分析を前に、
CSR活動には大きな限界があるということを納得させられます。

一方で、若干の論理の飛躍を感じるのは、
なぜ「法整備」をすれば、ものごとがきれいに解決するのか、という最後の提案については、
丁寧に説明されていないことです。
そして、Vogel教授自身も自ら説明しているように、
「CSRはコストを上昇させるため、顧客・従業員・株主の誰もがその推進を望んでいない」
とするのであれば、誰がこの法整備を推進しようとするのかについても、
説明されていません。

このような論理の飛躍があったとしても、
この著書からは、既存のCSRのアプローチの限界を感じさせられます。
それは、大手企業の「良さげな」活動のみに焦点を当てて、もてはやしたとしても、
真のサステイナブルな社会は実現できないということです。

環境NGOや社会NGOは、大手企業の事業運営方針を転換させることに
力を注いでいますが、個別企業ではなくマクロ的な視点には目を瞑らせがちです。

「全体として何を実現したいのか?」
「そのためには、大手企業の努力でどこまで実現できるのか?」
「大手企業の努力以外に、何を同時に実現していく必要があるのか?」

これらが明確でないことには、広く人々の支持を得ることはできません。
例えるならばそれは、マニフェストのない選挙のようなもので、
個別の候補者の抽象的な訴えを聞いていても、
人々の心が動かされないのと同じことです。

結局は、法整備にしろ、企業の自助的努力にしろ、
社会の構成員(=従業員や顧客や株主)の支持を得ないことには、
社会に対して大きなインパクトをもたらすことはできません。

すなわち、僕の結論としては、Vogel教授のいう「法整備」は真の解決策にはならず、
重要なのは社会の構成員の理解をどうのように得ていくかであり、
それが得られるのであれば、法整備であろうと、企業の自助的努力であろうと、
目的は叶うということです。

そして、この本が上梓されてから5年経った今、
これまでこのブログでも紹介してきましたが、
サステイナビリティやCSR施策は、企業利益に反するものではなく、
企業利益に益するものとして、とらえる企業が増えてきています。

Vogel教授の追跡調査が待たれるとともに、
この業界の急速な変化の息吹も感じます。

CSRを応援する人にも、懐疑的な人にも、
この本は大いに一読に値すると思います。

Adam Werbach “Strategy for sustainability -A business manifesto-” Harvard Business Press

約1年前にアメリカで出版され、2009年のベストセラーの一冊としても選ばれた、
CSRやサステイナビリティの世界では有名な本です。

著者は、Adam Werbach氏(出版当時36歳)。
彼は「環境活動家」として注目されていますが、
その活動は彼が高校生だった18歳のときからすでに始まっています。

彼は、アメリカ最大級の環境団体シエラ・クラブの学生組織「シエラ学生連合」を
18歳で立ち上げ、ブラウン大学在学中の21歳のときに、
カリフォルニア州の2つの国立公園を保護する法律の制定に貢献、
23歳で、シエラ・クラブのトップに最年少で就任します。
その後、環境活動家として、名を馳せた後、
2008年、35歳でSaatch and Saatch SのグローバルCEOのポジションに
就きました。

この本の中でも紹介されていますが、アクティブな環境活動家だった彼は、
途中でスタンスを大きく変更しています。
環境活動家というと、同時に「攻撃的」「厄介者」「環境信奉者」というイメージも、
抱かれがちですが、彼は2004年に「環境活動家の死」という講演を行い、
これらの性格を変更。かわりに、
「大手企業との連携」「環境のみではない社会・経済を含めた全体の目標設定」
を強調するようになりました。
この講演は、環境活動家の従来のやり方を否定するもので、大きな論争を呼びました。
しかし、こうして彼は、リスクを顧みずに新たなやり方を説いていきました。

彼のこの変化の発端は、ニューオリンズに多大な被害を及ぼした巨大台風、
カトリーナの経験でした。
当時、彼をはじめとした環境活動家は、
ニューオリンズ周辺の干潟の保護に積極的に活動をしていましたが、
自然保護の目的は果たせても、カトリーナの前にその干潟は保水地として
十分に機能せず、結果的にニューオリンズの街は壊滅してしまいました。
そこで彼は、環境のみを重視するやり方に疑問を抱くようになり、
社会、環境、経済、文化を含む包括的な持続可能性を重視するようになりました。

現在、小売世界最大手のウォルマートは、持続可能性に関する取り組みを
先導している企業としても注目されていますが、
このウォルマートに対して、持続可能性の必要性や、
持続可能性を重視した企業経営戦略の策定方法をアドバイスしていったのが、
このAdam氏です。

Adam氏はこの著書”Strategy for sustainability”の中で、
持続可能性を重視した企業経営戦略の必要性を、以下のように説明します。
(日本語訳は当ブログ著者による)

持続可能性のための経営戦略を開発し遂行することは、急速に世界が
変化する今日、企業の生き残りにとって非常に重要になっている。
不十分な干潟に巨大な台風がやってくるかもしれないし、どんどん
資源は限られてきている。明日にはもっと大きな変化がやってくる
かもしれない。

この本の中で言う持続可能性とは、PR(CSRレポートを作ること)や
エコ商品開発や、地球を救うための取組に時折理解を示すことより
もっと大きいことを意味している。持続可能性とは、もっと包括的に
想像、遂行されるもので、コストを減らす利益戦略であり、新たな
顧客を獲得するためのトップレベル戦略であり、従業員、顧客、
地域社会を獲得、維持、開発するための人材戦略だ。

Adam氏の経営戦略策定フレームワークは、初めにSTaRと名付けられた、
「社会」「テクノロジー」「資源」の予想される変化が、どのように自社経営に
大きな影響を与えていくかを把握していくことから始まります。

次に、North Star goalと名付けられた、5~15年をかけて実現していく
中長期的なゴールを、できる限り数値として設定します。

そして、そのゴールを実現するために、
「情報の透明性の向上」「従業員の巻き込み」「外部ネットワークの構築」
の3つ(TENサイクルと名付けられています)を粘り強く行います。
特に、North Star goalで定めるような壮大なテーマには、
自社だけでは実現できないものが多く、業界全体や、外部の協力団体、
サプライヤーや政府組織などとネットワークを構築していくことが、
大きなカギとなります。

200ページの本の中では、具体的にこれらを導入している、
アメリカの大手企業の事例が細かく紹介されています。

実際に先日サンフランシスコの企業をいくつか訪問した際にも、
このAdam氏の考え方と同様の話を耳にすることが多く、
サンフランシスコやシリコンバレーの中では定着しつつあるという実感を
僕自身も持っています。

今、CSRや持続可能性という概念は、企業経営に大きな変化をもたらしつつあります。
その大きな流れをつかむ中で、この本はとても視界を読者に与えてくれています。

今日、日本におけるCSRやサステイナビリティに対して、
以下のようにとらえる方が数多くいらっしゃいます。

「企業利益を、社会貢献として社会に還元するためのコスト」
「途上国や環境分野に対する支援のためのコスト」
「ブランドイメージをあげるためのコスト」

特に、好景気下で、企業利益が増加しているときは、CSRが強調されますが、
不景気になると、CSR予算がカットされることも多く、
CSR活動そのものの持続可能性が疑われることがよくあります。

また、NPOというと、

「補助金や寄付金に依存する慈善活動」
「専門的スキルやマネジメント力に欠け、継続性に難あり」

と、特にビジネスパーソンの中に、NPOという存在そのものに
懐疑的な方が多くいらっしゃいます。

しかし、上記とは異なる考え方をし、
積極的にCSRやサステイナビリティに取り組むムーブメントが、
サンフランシスコの企業やNPOを中心に巻き起こってきています。

先週、学校の特別プログラムに参加し、サンフランシスコとシリコンバレーに本部を置く、
8つの企業・NPOを実際に訪問することができました。

1. As you sow: 社会的責任投資(SRI)を手掛けているNPO
2. GAP: 世界有数のアパレルメーカーのCSR関連部門
3. BSR: サステイナビリティ構築コンサルティングをしているNPO
4. SAP: ITベンダーの世界大手のCSR関連部門
5. IDEO: デザインコンサルティング会社
6. Taproot Foundation: プロボノサービスを提供しているNPO
7. TechSoup: IT商品を格安で世界のNPOに提供しているNPO
8. Clorox: 消費財メーカー大手のCSR関連部門

この中で、純粋なバックオフィス機能として
CSRやサステイナビリティに関わっているのは、GAPのみ。

その他の企業やNPOは、
CSRやサステイナビリティの分野を事業として営み、売上と利益をあげています。

1. As you sow: 企業に対するSRI商品やアドバイザリーサービスの販売
3. BSR: 企業に対するサステイナビリティ向上コンサルティングサービスの販売
4. SAP: 企業に対するCSR・サステイナビリティ支援システムの販売
5. IDEO: 企業に対するデザインコンサルティングサービスの販売
6. Taproot Foundation: NPOに対する事業コンサルティング・プロボノサービスの販売
7. TechSoup: NPOに対するIT商品の格安販売
8. Clorox: エコ商品「Green Works」の販売

彼らに共通するCSRやサステイナビリティに関する考え方は、

・企業CSR部門はCSRの目的を、社会貢献だけではなく、企業利益の向上ととらえている
・訪問したNPOはみんな収益源がきっちりしていて補助金や寄付金に頼っていない
・有名コンサル企業出身の人たちが実際のNPOの現場で活動している
・NPOには企業経営と同様のスタンスが必要だとみんな思っている

というもの。

CSRやサステイナビリティを、何か神聖なものとして特別扱いすることはなく、
社会のニーズに対する「新たなビジネス・市場」として、捉えています。

さらに、CSRの範囲も、従来は「環境」だけにフォーカスされていたものが、
最近では、社会・環境・ガバナンス・人権(SEG+HR)全体に及んできています。

企業をCSRに駆り立てる動機は何なのでしょうか。

訪問した企業からは、以下のような共通する思惑がみえてきました。

・エコに対する関心の高い層に対する新市場からの売上増
・企業・商品ブランド向上によるプレミアムマージンの獲得
・エネルギーや原材料効率を改善することでのコスト削減
・地域社会との共存を実現することでの原材料の安定供給の実現
・従業員満足度を高めることでの人的関連費の削減
・労働環境改善による製品の質の向上
・訴訟、罰金、ボイコットなど利益減を招くリスクの低減

このように、CSRやサステイナビリティを、企業利益に貢献するものととらえており、
投資対効果の測定も行われています。

そして、企業が利益向上のためにCSRを推進したいというニーズに対応し、
他の企業やNPOがサービスを販売し、市場が形成されているという構造です。
もちろん、ビジネスを継続させるために、それぞれのプレーヤーは、
「より少ない投資でより大きな成果をあげる」ためのイノベーションに取り組んでいます。

一方で、各プレーヤーが抱える課題は大きく2点です。

①CSR活動が果たす財務パフォーマンスへの影響測定の可視化、精緻化
②オペレーションレベルでのモニタリング・効果測定の向上

この課題をニーズと捉え、SAPがいち早く事業として取り組み始めています。

従来、「コストセンター」として見られてきたCSRやサステイナビリティ活動は、
現在、その姿を大きく変えつつあります。

Net Impact(ソーシャルビジネスやCSRを推進するアメリカのNPO)が、
この分野での就職を希望する人々へのアドバイスをまとめたレポートを発表しました。

Corporate Careers That Make a Difference

CSRやソーシャルビジネス、持続可能性に興味のある人向けに、
企業の具体的なニーズやキャリアパスの進め方などが
まとめられています。英語です。

Net Impactへのメンバー登録(無料)をしないと閲覧できないのですが、
この分野に関心のある方や、雇用関連を研究している方は、
ご覧頂くと、最近のアメリカでの動きを理解していただける思います。

※僕の別ブログである「アメリカ・サンダーバードMBA留学ブログ」から転載しました。

「環境」「持続可能性(サステイナビリティ)」の必要性が増す中、
アメリカでのビジネススクール(MBA)の動きにも変化が出始めています。
今日は、「Green MBA」「Sustainable MBA」の動きを紹介します。

2年前にBusinessWeek紙は、
「Green MBA」「Sustainable MBA」が登場してきた背景について
このように報じました。

MBA Programs Go Green

At one time, business schools “greened” their MBA curriculums in response to a new wave of students for whom sustainability was more than just a catchphrase.

「かつて、ビジネススクールが、持続可能性を重視する学生の新たな波に
反応して、MBAカリキュラムを「グリーン化」しはじめた」

Today, business schools are continuing to ramp up their efforts for green curricula, but for a much different reason. In a world beset by economic woes as well as environmental problems, sustainability represents one of the few potential bright spots in an otherwise dismal recruiting environment.

「しかし今、ビジネススクールは、他の理由から「グリーン化」の動きを加速している。
経済不況と環境問題に悩む世界の中で、持続可能性は雇用が明るい数少ない領域
のひとつになっている。」

つまり、以前は、ただの「人気集め」だったGreen MBAが、
実利的な「就職」のためにも、重要性が増してきたというわけです。

そんな中、レベルの高低を問わず、様々なビジネススクールが、
カリキュラムの「グリーン化」に積極的に取り組み始めています。

この流れを受けて、MBA受験生が好きな「ランキング」にも、
「Sustainablily」や「CSR」という切り口のものが登場してきました。

Financial Times (2011):

1 University of Notre Dame (Mendoza)
2 University of California at Berkeley (Haas)
3 University of Virginia (Darden)
4 Ipade
5 Yale School of Management
6 University of North Carolina (Kenan-Flagler)
7 Thunderbird School of Global Management
8 University of Michigan (Ross)
9 Northwestern University (Kellogg)
10 York University (Schulich)

Beyond Grey Pinstripes (2009):

1 York University (Schulich)
2 University of Michigan (Ross)
3 Yale School of Management
4 Stanford Graduate School of Business
5 Notre Dame (Mendoza)
6 University of California at Berkeley (Haas)
7 RSM Erasmus MBA
8 New York University (Stern)
9 IE Business School
10 Columbia Business School

また、起業家教育(Entrepreneurship)に強いビジネススクールである

Massachusetts Institute of Technology (Sloan)
Stanford Graduate School of Business
Babson College (Olin)

は、カリキュラムの中に、理工学系の大学院とタイアップし、
技術ベースの起業を推進していったことで、
起業家教育の地位を盤石にしていきました。
ここからも、Greenという名の最先端技術が雇用やビジネスを生む
土台となってきていることがわかります。

さらに、Wikipediaでは、Sustainable MBAに特化した学校として、
以下の学校が紹介されています。

Anaheim University
Antioch University New England
Bainbridge Graduate Institute
BSL – Business School Lausanne
Colorado State University – Global Social & Sustainable Enterprise program
Dominican University of California – MBA in Sustainable Enterprise
Duquesne University – Donahue – Palumbo Schools of Business – MBA – Sustainability Program
Green Mountain College
Marlboro College Graduate School – MBA in Managing for Sustainability
Marylhurst University- MBA in Sustainable Business
National Institute of Industrial Engineering, Mumbai, India
Presidio School of Management of Alliant International University
University of East Anglia – MBA Strategic Carbon Management
University of Exeter – One Planet MBA
University of Michigan – Erb Institute for Global Sustainable Enterprise

このように、ビジネスがCSRやSustainablityが取り組んでいく流れには反対意見もあります。
一番の急先鋒は、ノーベル経済学賞も受賞している
ミルトン・フリードマン・シカゴ大学経済学教授です。

フリードマン教授は、2006年に亡くなっていますが、
1970年から一貫して、「企業の社会的責任」という考え方を否定し続けてました。

The Social Responsibility of Business is to Increase its Profits

彼の考え方は、

“There is one and only one social responsibility of business – to use its resources and engage in activities designed to increase its profits”

「唯一のビジネスの社会的責任は、資源と活動を利益の増加のために使うことだ」

というものです。

もちろん、フリードマン教授は、
倫理や社会への影響を考慮することは重要だと言っていますが、
「社会的責任」が広範囲の意味合いをもつことを退けました。
彼は、利己心や利益追求がもたらす社会の活力を重視していたためです。

フリードマン教授はシカゴ学派というマクロ経済のひとつの流行を作り出し、
国際金融の世界にも大きな影響を与えてきました。
そのフリーマン教授のアメリカは、「利益志向が強い」国だと言われてきました。

しかし、「企業の責任は利益の向上」という考え方に関する国際的な調査の中で、
この考えに賛同する人はアメリカよりも日本のほうが多く、
日本はアラブ首長国連邦に次いで、世界第2位(賛成 70%)でした。
ちなみにアメリカは9位(賛成 55%強)。

意外な結果かと思われるかもしれませんが、僕は、
以下のような、パナソニック創業者の松下幸之助氏の思想が
強く広く共有されているためではないかと考えています。

企業の利益というと
何か好ましくないもののように
考える傾向が一部にある。

しかし、そういう考え方は正しくない。
もちろん、利益追求をもって企業の至上の目的と
考えて、そのために本来の使命を見忘れ、
目的のためには手段を選ばないというような
姿勢があれば、それは許されないことである。

けれども、その事業を通じて社会に貢献すると
いう使命と適正な利益というものは
決して相反するものではない。

そうでなく、その使命を遂行し
社会に貢献した報酬として社会から
与えられるのが適正利益だと考えられるのである。

だから、利益なき経営は、それだけ社会に対する
貢献が少なく、その本来の使命を果たし得ていない
という見方もできるのである。

持続可能性を向上していこうとする際、企業という手法を、
どのように活用し連携していくかが大きなカギを握っていると思います。
ビジネススクールでもそれを模索する試みが始まっています。

ゴミ問題は現在、世界中で深刻になっています。

どれほど深刻なのかというと、
アメリカ50州の中でアラスカに次いで面積が広いのがテキサス州。
テキサス州は日本の国土面積の2倍弱の大きさです。

そして、なんとのそのテキサス州の約2倍もの面積のゴミの島が、
太平洋を浮遊しています。
つまりの日本の国土面積の4倍です。
下の地図の白くなっている部分が、その島の大きさです。

この島の通称は「太平洋ゴミベルト」。
英語圏では、”Great Pacific Garbage Patch” “Pacific Trash Vortex”
と呼ばれています。

海流域周辺の日本、ロシア、カナダ、アメリカから廃棄されたゴミや、
海流域を航行中の船舶から投棄されるゴミが、
海流の影響で1か所に集中し、1950年ぐらいから今の姿に成長してきました。
Wikipediaによると、陸地から出たゴミが8割、船舶由来のものが2割と
言われています。

このゴミの島による影響は、まだはっきりとはしていませんが、
ゴミが海中分解または光分解されることで、
有毒ガスが発生する可能性が指摘されています。

また、海中生物や鳥などが、プラスチックを誤って捕食したり、
体躯にからまってしまうことにより、危害が及んでいることも報告されています。

そして、このような巨大なゴミの島は、
太平洋以外にも、大西洋やインド洋などでも観測されています。

通常、一般人は洋上を船舶で移動することはなく、
その島を直接眼にすることはあまりありませんが、
広大な海をゴミの山が占領していくことは、気持ちのいいことではありません。

こうしたゴミの島の拡大を阻止する動きも始まっています。
島の拡大の原因となるゴミそのものの投棄や廃棄の撲滅を呼び掛ける運動も
起こっていますし、
2009年には、Project Kaiseiというカリフォルニア州のNPOによる
ゴミの島そのものを消滅させる方法の検討も始まり、現在調査が進められています。

そうした中で、大きな注目を集めているのが、
ゴミそのものをエネルギーに変えていくテクノロジーの開発です。
英語では”Waste-to-Energy Technology“と呼ばれています。

この「ゴミをエネルギーに変える技術」については、
以下のように様々な手法が研究されています。

・焼却してガスを発生し、そのガスの動力で発電する技術
・熱分解して、燃料に変換する技術
・プラスチックを脱重合して、合成原油を生成する技術
・微生物を用いてバイオガスへと分解する技術

こうした「ゴミをエネルギーに変える」リサイクルのビジネスは、
ドイツを中心としたヨーロッパが最先端を走っています。
研究は非営利の研究機関だけでなく、多くの企業で取り組まれており、
ESWETという企業連合体も誕生しています。

さらに、環境保全に貢献する企業を資金面から支えているのが、
昨今の原油高に端を発する中東を中心としたオイルマネーです。[参考]
原油から生じるマネーが、その原油からつくられたプラスチックをさらに燃料に変える
テクノロジーの開発に投資され、新たに燃料を創造していく。
壮大な化石燃料のサプライチェーンが誕生しようとしています。

ゴミ問題の解決策は、「ゴミを減らすこと」とこれまで定義されてきました。
しかしながら、そのゴミを資源そのものに変えてしまう試みが、
まさに研究者や起業家の手によって始められようとしています。

「ゴミを減らす」という人間の行動そのものを変えることは非常に困難です。
教育を通じて、その困難に立ち向かっていく重要性と同時に、
ゴミ問題という概念そのものをなくすというイノベーションを
起こそうとする企業を育くんでいくことも重要だと感じています。

風力、太陽光などの再生可能エネルギーへの関心が高まっていますが、
果てして、再生可能エネルギーのみを活用して、
社会に必要なエネルギーを供給することは可能なのでしょうか?

国際エネルギー機関(IEA: International Energy Agency)が発表している
World Energy Outlook (2008)“では、悲観的な結果となっています。

※”World Energy Outlook”の最新版は2010年のものですが、2010年、2009年の
 ものは有料のため、無料で入手できる最新のものは2008年でした。


2030年までに、発展途上国の経済発展に伴い、
世界のエネルギー需要が急増するのに対し、
再生可能エネルギーによるエネルギー供給は、
2030年時点でもわずか2%にすぎません。

上記のものはガソリンなどの動力エネルギーも含んでいますので、
再生可能エネルギーが活用される電力に絞って見てみるとどうでしょうか。


電力エネルギーも2030年までに需要が大きく増加していきます。

やはり、ここでも再生可能エネルギーの割合は、
風力、地熱、太陽光・太陽熱、潮力を足しても、約6%にすぎません。

石油が枯渇するピーク・オイル説が叫ばれたり、
石油・石炭・天然ガスという化石燃料が与える環境への悪影響の観点からも、
再生可能エネルギーの必要性が唱えられていますが、
世界のエネルギーの権威は悲観的な見方をしています。
再生可能エネルギーの可能性はこんなにも小さいのでしょうか。

僕はそうは思っていません。
上記の国際エネルギー機関のデータの統計手法を考慮すると、
予測が悲観的となるのは当然なのです。

国際エネルギー機関のデータは、過去30年ほどのデータをもとに、
人口変動や交通量推移、GDPなど複数の変数をもとに、
計量経済学の手法で、供給源ごとのエネルギー需要を予測をしています。
ポイントは、過去のデータに依存しているということです。
ある程度の技術革新は変数に加えているようですが、
大規模な技術革新は予測データには反映されないのです。

今後、再生可能エネルギーの技術開発に大きく投資がされていく中、
過去の推移の延長線上に未来があると考えることは適切ではありません。

では、再生可能エネルギーにはどれほどの可能性が将来展望されるのでしょうか。

2011年1月27日のScienceDailyというインターネットメディアは、
スタンフォード大学のジャコブソン教授(市民・環境工学)と
カリフォルニア大学デービス校のデルッチ教授が、
学術論文の中でこのように発言したことを報じました。

「20年~40年後には今日の技術を用いれば、
すべてのエネルギーを再生可能エネルギーで供給できる」

彼らの計画によると、
90%の電力を風力、太陽光・太陽熱、水力でまかない、
残りの10%のうち、4%を地熱、同じく4%を水素燃料、残りの2%を潮力で
調達することが可能だということです。

また、飛行機や船舶、車に使われる流体燃料として、
電気または水素燃料で代替が可能で、
さらに、水素燃料をつくるのに必要な電力も、
再生可能エネルギーで作り出すことができるということです。

2030年までには新たなエネルギー需要をすべて再生可能エネルギーで供給し、
2050年には、全エネルギーを再生可能エネルギーに代替可能となるようです。

再生可能エネルギーについて懸念される課題については、
それぞれ以下のように回答しています。

「風力、太陽光は天候に左右され、安定的な電力供給源にはならない」
⇒ 昼に強い太陽光、夜に強い風力を組み合わせて補完させ、
  それでも不足する電力は、水素燃料で充当すればいい。
⇒ スマートグリッドで長距離電力網を構築すれば、どこかの地域で発電できた
  電力を他の地域に回し、全体的として安定供給は可能となる。
⇒ 消費量の多い時間と、少ない時間の差を活用し、少ない時には蓄積し、
  多い時には放出することも可能。

「発電設備に必要なプラチナやレアアースなど希少資源は足りるのか?」
⇒ 資源量は今でも十分にあり、さらにリサイクルをすれば不足はしない。
⇒ 不足した資源を他の資源でも代替することも可能で問題はない。

「風力や太陽光の発電プラントに必要な土地は十分あるのか?」
⇒ 100%の電力供給をまかなうのに必要な土地専有面積は
  わずか世界の土地の0.4%。設備間のスペースに必要な面積を
  いれても、それでも世界の土地の1.0%にすぎない。

彼らは、今後の展開に対し、
「技術は今でも十分にある。あとはやるかやらないかだ。」と締めくくっています。

個人的には、彼らが認識されていない問題がいくつもあるのだと思います。
しかしながら、IEAが2030年にわずか全体の2%しか供給できないと言っていたところに、
2050年には100%供給できるという意見が登場したことは、
新たな可能性を感じさせてくれます。

再生可能エネルギーの将来や可能性を、低く見積もる必要はないと考えています。

毎年1月末にスイスのダボスで開催される世界経済フォーラムの年次会合、
通称「ダボス会議」。

この会議の中で、カナダを拠点とするメディア企業のCorporate Knights社
から、毎年「世界で最も持続可能性のある企業100社」
“Global 100 Most Sustainable Corporations in the World” (Global 100)
が発表されています。

選定企業は上場企業に限られますが、
持続可能性という新たな指標を作り出そうとしているのが特徴的です。

そして、今日、2011年の100社が発表されました。

http://www.global100.org/

■企業ランキング

1位 スタットオイル(ノルウェー)
2位 ジョンソン・アンド・ジョンソン(アメリカ)
3位 ノボザイムズ(デンマーク)
4位 ノキア(フィンランド)
5位 ユミコア(ベルギー)
6位 インテル(アメリカ)
7位 アストラゼネカ(イギリス)
8位 クレディ・アグリコル(フランス)
9位 ストアブランド(ノルウェー)
10位 ダンスク・バンク(デンマーク)

国別の社数ランキングは、

1位 日本 (19社)
2位 アメリカ (13社)
3位 イギリス (11社)
4位 カナダ (8社)
5位 オーストラリア (6社)
6位 スイス (5社)
6位 フランス (5社)
8位 デンマーク (4社)
8位 フィンランド (4社)
10位 ブラジル (3社)

日本がダントツ1位を飾りました。

ちなみに、日本でランクインした企業は、

14位 日東電工
23位 イオン
24位 T&Dホールディングス
30位 ソニー
32位 商船三井
35位 三菱重工業
49位 東京ガス
53位 大和ハウス工業
54位 日本郵船
59位 ヤマハ発動機
69位 NTTドコモ
70位 コニカミノルタ
71位 リコー
72位 東京エレクトロン
74位 大正製薬
79位 NEC
80位 パナソニック
81位 日産自動車
82位 トヨタ自動車

製造業を中心に、多様な業界から選ばれています。

■評価基準

この「世界で最も持続可能な企業100社」はとてもユニークな評価基準で
ランキングをつけています。

エネルギー生産性: 売上 ÷ 直接的および間接的なエネルギー消費量
炭素生産性: 売上 ÷ 二酸化炭素排出量
水生産性: 売上 ÷ 水使用量
ゴミ生産性: 売上 ÷ ゴミ排出量
リーダーシップ多様性: 女性の役員割合
CEO報酬-従業員平均報酬比率
安全生産性: 売上 ÷ 従業員傷害事故×5万ドル+死亡者数×100万ドル
持続可能性関与: 持続可能性に責任を持つ役員がいるか否か
イノベーション能力: R&D投資 ÷ 売上
透明性: 持続可能性に関連するデータの公開度合い

持続可能性を定量的に「正しく」表現することを求めて、
これらの指標は年々変化しています。
上記の指標だけでは、とても環境社会の持続可能性を網羅できているとは
言えませんし、経済の持続可能性が追求されていないことも難点です。

しかしながら、企業が今後取り組んでいく持続可能性向上施策にとって、
このようなランキングが後押ししてくることはプラスに作用します。

持続可能性という観点から、ダボス会議への批判は多くありますし、
ランキング発表だけでは決して十分ではありませんが、
こうしたひとつひとつの積み重ねが持続可能性を高めていくのだと信じています。

※僕の別ブログである「アメリカ・サンダーバードMBA留学ブログ」から転載しました。

CSRについて関心が高まっている中、
政府レベルの法整備支援も進んできているようです。

今日はカナダのオンタリオ州のケースを紹介します。
オンタリオ州は、州内にカナダ最大(北米3位、世界6位)のトロント証券取引所を
有し、同証券取引所に対する法的な管轄権を持っています。
Moving Forward with Corporate Environmental, Social and Governance Disclosure

2008年、オンタリオ州政府の外郭団体である、オンタリオ証券員会は、
CSRが企業のリスク管理や持続可能性にとって非常に重要であるという、
世論や投資家からの声を受けて、
企業に対して、環境、社会的影響、ガバナンス体制(ESG)の3点について、
報告を義務付ける規定を制定しました。
ESGは、企業の短期的・長期的利益に大きな影響を与えるということが、
その理由です。

※この3点の内容は、英語でEnvironmental, Social and Corporate
Governance、その頭文字をってESGと呼ばれています。
企業の持続可能性および投資倫理を測る中心的概念として扱われています。

しかし、その後の履行状況は芳しくありません。
オンタリオ証券委員会が調査したところ、
企業は、各社横並びで月並みの文言を、報告文書に挿入するだけで、
真剣に自社のESG状況について分析しようとしていないことが
わかりました。

そこで、オンタリオ州議会は、州政府に対して、法案の履行状況を
省察することを要求する法案を全会一致で可決。
それを受けて、オンタリオ証券委員会は、2点の提案内容を、
州政府とカナダ連邦政府財務大臣に対して、提出します。

1点目は、企業の現在の開示状況に関する調査をさらに継続すること。
2点目は、企業に対して開示方法のガイダンスを行い、教育を施すこと。
オンタリオ証券委員会の方針は、新たな規定を設けるのではなく、
現行法の履行状況を教育によって改善してていこうというものです。

今回の記事を作成したヨーク大学のディール准教授は、
さらに3点の改善点を挙げています。
1. 非開示の企業に対して、非開示理由の報告を義務付けること
2. 企業に対して目標達成のステップと具体的なゴールの報告を義務付けること
3. 報告書に対してのすべての質疑応答文書の公開を義務付けること

ESGの報告体制を確立していこうという取り組みは、
CSR推進という観点からみると、意義深いものであると思います。
が、同時に疑問も浮かんできました。
企業が自律的に取り組もうとしない理由はなんでしょうか。
本当に企業が、CSRやESGが企業の短期的・長期的利益についてにつながると
考えているのであれば、なぜ企業は自発的に取り組もうとしないのでしょうか。

以下の理由が考えられます。

(1) CSRやESGが利益につながるか検討していない
(2) CSRやESGが利益につながるかどうか検討し、つながらないと判断した
(3) CSRやESGが利益につながると判断しているが、計画する能力がない
(4) CSRやESGを推進する計画を立てたが、組織遂行する能力がない

ディール准教授のアプローチは、法律による強制力をもって、
企業の履行を高めようというものです。
しかし、このアプローチでは、企業の自発的推進力は期待できません。
立法の背景に、「CSRやESGは企業利益を高める」という考えがあった
ことに立ち戻ると、企業の自発的推進力を高める方法について、
もっと検討してもいいように思います。

一方、オンタリオ証券取引所のアプローチは、(3)の原因に対して有効性を発揮します。
「計画能力が足りない」という企業のニーズに、「教育」という解決策が対応している
ためです。

しかし、原因が(1)(2)(4)である場合は、別のアプローチが必要です。
例えば、(1)について、企業がまだこの問題を検討に値しないと考えている
のであれば、なぜ値するのかを具体的に説明していく方法が有効です。

CSRやESGは企業の利益や継続性にとって重要であると考えるからこそ、
不履行の是正に対して、「取り組む気がない」と決めつけてしまうのではなく
不履行原因を正確に突き止め、適切な対処法を取り、
議会・政府と企業が協働して、推進していく必要があるというのが、
僕の結論です。

ソーシャル・ビジネスや社会的起業と言われる世界では、
これまで企業が当然のように追い求めてきた「利益」が敵視される
ような傾向があります。

この利益敵視については、2つのレベルがあります。
1. 企業が当期利益を出すことそのものを問題視する
2. 企業が当期利益を株主に配当することを問題視する
  (当期利益を利益剰余金とし、再投資することは問題視しない)

1の立場をとる方は、そもそも感情的に「企業」「ビジネス」というものが嫌いな方々です。

「非営利」という言葉を大切にする人々はこの立場をとります。

しかし、最近、ソーシャル・ビジネスという言葉が普及するにつれ、
1の考えの方々は相対的に少なくなってきているような印象を受けます。
多くの人が、利益そのものが悪いのではなく、
「利益の最大化」ではない「健全な利益」が重要なのだと主張しています。

特に、低所得者層に融資を行うグラミン銀行(マイクロファイナンス)を設立した
功績で、ノーベル平和賞を受賞したムハンマド・ユヌス氏が、
ソーシャル・ビジネスの定義の一つとして、
「投資家は投資額のみを回収できる。投資の元本を超える配当は行われない」
を挙げ、上記の2の利益敵視の考え方が流行ってきています。

しかし、僕は、2つの理由から、このユヌスの考え方にも疑問を持っています。

1. なぜ配当ばかりを責めるのか?

会計の知識がある方ならご存知かと思いますが、
企業の利害関係者が受け取る「報酬」の中で、配当はそのひとつにすぎません。
主な利害関係者の受け取る報酬としては、以下のものが挙げられます。

・株主への報酬=配当金
・債権者への報酬=利子
・経営者・従業員への報酬=給与

利子や給与は費用として扱われるため、当期利益を算出する際には、
すでに差し引かれています。
例えば、アメリカの投資銀行の経営陣が莫大な報酬を受け取ることが、
メディアで取り沙汰されますが、
彼らが受け取っている給与は、当期利益には含まれません。
どれだけ「利益追求」行動の結果、売上を増やしたとしても、
給与報酬を上げれば、費用の額が大きくなり、利益にはなりません。

ユヌス氏の考え方に基づくと、ソーシャル・ビジネスにおいては、
債権者や経営陣、従業員は報酬が得られるのに、株主だけが報酬を
受け取れないという、非常に不公正な状況を生んでしまいます。

2. 株主もコストを負っている

ファイナンスの世界で、株主への配当金や債権者に対する利子の支払いを
「資本コスト」と呼びます。
これは、ものや情報を購入したり、従業員を雇ったりした場合にコストが発生
するように、調達したお金にもコストが発生するという考え方からです。

企業はコストを負って資金を調達し、それを投資して売上を得ています。
そして、その投資リターンと資本コストの差額が利益になるわけです。
(議論の単純化のため、その他のコストは無視しています)
この原則から考えると、ユヌス氏の発想は、株主を大きく苦しめます。
ソーシャル・ビジネスへの株主となる企業は、
資本コストを負って資金調達をしているにも関わらず、
投資からのリターンを得られず、その投資は純損失を生んでしまうからです。

グラミン銀行そのものは、低所得者層への融資からリターンを得ており、
資本コストという考え方を理解しているはずです。。
債権者の立場で投下した資本からリターンが得られるのであれば、
同様に株主に対してもリターンを認めるべきだと思います。

一方で、ユヌス氏のグラミン銀行は、多くの大企業からの投資を集めることができて
いるのも、また事実です。
しかし、中小企業が同じことをすることは2つの理由からかなりハードルが高いのです。

1つ目は流動資産の問題です。

大企業は手元に流動資産が多く、
ソーシャル・ビジネスへの投資に要した資本(株式発行や借入れ)への資本コストを、
その投資リターン以外から支払うことができます。
しかし、資金に余裕のない中小企業は、投資リターンが得られないと、資本コストの
支払いができなくなってしまい、資金繰りが回らなくなってしまいまうのです。

2つ目は投資目的の違いです。

大企業はソーシャル・ビジネスへの投資を一種のCSR活動、広義のブランディング、
マーケティング活動として位置付けることができます。
ソーシャル・ビジネスへの投資は、メディアなどが「無料で」宣伝してくれます。
さらに、企業イメージや製品イメージが向上し、販売促進にもつながります。
そのためCSR投資を一種のマーケティング予算として捉えることができます。

他方、中小企業は規模が小さいため、ソーシャル・ビジネスへの投資を、
本業として扱わざるをえません。
すなわち、本業としてこの投資から利益を得ないと、
会社の財務状況を悪化させてしまいます。

ユヌス氏は社会発展のために小さな企業をサポートする活動を行う一方で、
他の中小企業を市場から排除してしまう構図を生んでしまっています。

このように冒頭で紹介した、
「企業が当期利益を株主に配当することを問題視する」という考え方については、
アメリカでも賛否両論があります。
反対意見からは、
通常の(=利益分配型の)高評価の社会サービス企業が、
ソーシャル・ビジネスという分類から排除されてしまい、
彼らのモチベーションを下げてしまう、という意見も出ています。

ユヌス氏が、社会への(=事業への)再投資を願ったうえで上記のように定義を
した考え方には理解をします。
また、利益を上げにくいソーシャル・ビジネスの世界で、利益志向ではなく、
ミッション志向でないと、事業の継続が難しいということも理解できます。

一方で、利益は新たな事業を創造するための原資であり、
利益を「健全な利益」と「悪徳な利益」に分類することも容易ではありません。
ミッション志向で事業を行った結果、生じた利益を配当したとしても、
その企業はソーシャル・ビジネス(社会企業)と呼んでいいと考えます。

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